第33話

 元々この冒険者学校は初級ダンジョン近くの何もない土地に建てられたらしい。貴族が冒険者学校を乗っ取ると、貴族の子達をターゲットに商人が店を出し、そこから更に人が群がりいつの間にか学校周辺には街ができていたという。

 ここは学生たちにとっては治安の良い街だった。

 貴族である学生に粗相を働こうものなら一瞬で店も住処も失ってしまうからだ。

 そんな学生たちにとって治安の良い街のベンチでここ数日俺は寝転がりながら過ごしていた。そこら辺の露店で飯を済ませては風呂屋に行きベンチに寝転がる自堕落な生活。

 しかしそんな生活も終わらせないといけない。今日は初の登校日、言ってしまえば入学式だ。流石に行かなければなるまい。だが自室に制服を取りに行かなければならない。もしかしたらアリスに会うかもしれない。気持ち的に会いたくないのでここは遅刻ギリギリを責めるか。

 立ち上がり近くの店の時計をガラス越しに確認する。

 うん!遅刻ギリギリどころか完全に遅刻だ。

 俺は急いで寮に戻り制服に着替える。向こうの世界の様な制服。ブレザーだ。学ランしか着た事がなかったのでちょっと新鮮。ネクタイがあったが付け方を分からないのでブレザーのポケットに忍ばせておいた。素行不良を指摘されるかもだが教えを乞う相手もいない。母に教えてもらっとくべきだっだ。

 部屋を出ようとするとテーブルにあった紙に目がいく。その紙にはEクラスと書かれていた。

 俺のクラスだろうか?それとも俺の相部屋の子のクラスだろうか?とりあえずEクラスに行くか。

 遅刻も遅刻、大遅刻なので急いで部屋を出て学校に向かった。

 静寂な廊下を走りEクラスの教室に入る。教室は階段教室になっておりまるで大学生になった気分だ。

 ガラガラガラと音を立てて入ったものだから視線が一気に集まる。しかも教壇に立っているのはあの爺さん試験官だ。


「もうこの学校を辞めたのかと思っていたよ」


 爺さんが言ってくる。その瞬間、教室から笑いが起きる。


「聞いたぜヤーナツ。魔法が使えず泣きべそかいて適性試験から逃げ出したらしいじゃないか」


 一人の生徒が声を上げる。髪をびっしり七三分けにした男。見覚えがある。アリスの母の誕生パーティーで会ったシチサンだ。


「おいおい簡単な魔法なら冒険者志望でもない俺でも使えるぜ」

「サンザンベル家の次男坊は落ちこぼれって本当だったのね」

「この年で魔法の一つも使えないって純粋な剣士職でもない限りあり得ないだろ。剣士って感じにも見えないしどんだけ無能なんだよ」


 小馬鹿にする声が聞こえてくる。

 パンパンと爺さん先生が手を叩く。


「そこまで。あまり言い過ぎるとまた泣いて帰ってしまうだろ」


 ドッと一際大きく笑いが起こった。俺は構う事なく空いた席に座った。一応俺も貴族なんだけどこの爺さんは何故こんなにいじめみたいな事をするのだろう。アリスがこの場にいなくてよかった。

 小馬鹿にされながらも学校を終え、急いで帰り支度をし教室を出ようとした時、急に後ろから誰かに羽交い締めされる。


「よぉヤーナツ昔俺にしたこと覚えてるか?」


 お前のことすら知らん。


「離してくんね?帰れないんだけど」


「離すわけないだろばーか」


 仕方ない。俺は力づくで羽交い締めの状態から脱出する。鍛えていたからか案外すんなり脱出できた。


「テメー落ちこぼれのくせに生意気だぞ。おいお前ら囲め」


 ズラーっと俺を囲むように人が何人か集まる。なんかめちゃくちゃ嫌な予感がする。


「何をする気だよ」


「何って今までされてきた事の仕返しだよ」


 ヤーナツ君俺が思ってるより悪さをしていて恨みを買っているようだ。

 連中は俺の手や足を抑え込んでズボンを脱がせようとしてくる。多勢に無勢俺は抵抗虚しくあっさりとズボンを脱がされブリーフが露出してしまう。まだ先生はいるのだが止める気配もない。


「返せよ!返してくれって!」


「やなこった。パンツを取らなかっただけありがたく思え」


 そう言って俺のズボンを持った奴は走り去ってしまった。俺を抑え込んでいた奴らも「頑張ってズボン取ってこいよー」と言って俺を立たせ廊下に放り投げる。いろんなやつに笑われている。まさか初日からこんな目に遭うなんて。


「ナツ君!」


 今一番いてほしくない人の声が聞こえる。この場にいたくない。俺は誰の目も気にする事なく走り出した。太ももを露出させたままパンツ姿で学校の出口に向かって一心不乱に。

 そのままいつも通りベンチの上でその日を過ごした。通りすがりのおっちゃんがズボンを貸してくれたことが今日唯一のいい出来事だ。

 学校に行くのが憂鬱だ。それでも俺は学校に行き続けた。いじめのような行為は日に日に激化し、アリスにみっともない姿を見られては逃げ帰る日々。

 どうやら俺以外にもクラスで酷い仕打ちをうけている子が二人いる。理由は多分平民だからだ。あの子達はこの学園生活をどう思っているんだろうか?俺はもう挫けそうだよ。

 誰かを見返したいとかそういうのはもうどうでも良くなっていた。だけど母が俺を信じている、期待してくれている。だから今日も遅刻しながら学校に行く。

 


校門を潜った時、懐かしい人が目に入る。花壇の縁にちょこんと座っている。少し大人っぽくなっている。なんでだろう、嬉しくて涙が出てきそうだ。弱音吐いて泣きついてみようかな。いやここは世間話か?とりあえずその子と話したくてたまらなかった。

 だから


「久しぶり、リア」


 俺はリアに声をかけた。

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