第32話
ドンっと音が聞こえてくる。
既に魔法試験は始まっており、宙に浮いたアーチェリーの的の様なものに一人の新入生が魔法を撃っていた。それを新入生一同が眺めている。
こんなガン見されながら試験に挑むのちょっとやだなぁ。
俺はアリスを見つけアリスの横に位置をとる。
「ナツ君どうしたの?」
俺が魔法を撃てないことを知っているアリスが、何故ここに?と言った感じで首を傾げ聞いてくる。
「ついに『ファイア』を撃つ時が来たんだ」
「でもトラウマが…」
アリスは俺が火に恐怖していることも知っている。
「トラとシカは紙一重。火事場の
意味の分からない言葉を格好つけながら言い前へと踊り出ようとするがアリスに腕を掴まれ止められる。
「名前を呼ばれてから前に出ないと」
「なるほど」
格好つけただけに恥ずかしい。ついつい気分が上がって前に躍り出てた。
たしかに先程の髭を蓄えた爺さん試験官が手に持った書類を捲りながら新入生の名前を読んでいる。呼ばれた新入生が前に出て魔法を撃っている。
ならば名前を呼ばれるまで待っているか。この待つ時間というのは長ければ長い程、緊張が大きくなっていく様な気がして嫌なんだよな。
「キングゥ殿下前へお越しいただけますかな」
殿下ということはさっきの金髪イケメンだ。
殿下ことキングゥが前に出てくる。群衆からキャーと黄色い声援が上がる。
キングゥが手を前に出すと『ファイアーラ』と唱えると火球が的目掛けて飛び、そして当たる。
的に若干のひびが入る。
「流石殿下ですな。この的を傷つける事ができる人はなかなかいませんぞ。これでは的を変えなくてはいけませんな」
髭の爺さんが的になんらかの魔法をかけながらランバルトを褒めちぎる。周りの人達も「キャー流石殿下よー!」と大興奮。俺は火を見たせいでちょっと放心。アリスが「大丈夫ですか」と揺さぶってくれる。
「次、アリス君前にでたまえ」
そんなアリスが呼ばれる。
俺は頑張れとアリスにエールを送る。アリスは緊張の面持ちで前へ出て行く。殿下の後、ていうのは可哀想だ。
アリスが両手を前に出す。
「サンダー」
バチンッと黄色い閃光が一瞬走る。本当に一瞬すぎて何が起きたか全く分からなかったが、的は消し飛んでいた。これだけで全て理解できる。流石アリスだ。
でもこれじゃキングゥが引き立て役みたいにならないか。アリス、変に目をつけられたりしないだろうか。
アリスが試験官と二、三言葉を交わすとパタパタパタとこちらに戻ってくる。
「流石アリス。痺れたぜ」
グッと親指を立てる。
アリスは「恥ずかしいです」と隠れる様に俺の背中に張り付く。どうやら目立ちたくない様だ。
続いて赤髪の中性的な顔立ちをした男が名前を呼ばれ前に出てくる。これまた他の奴らとは一線を画すイケメンでコイツも攻略対象だなと俺の直感が告げる。
赤髪の男は手を上げ、小さくなにかを呟きながら手を振り下ろすとスタスタスタと群衆に戻ってくる。
するとガランッガランッと宙に浮いてた的が音を立てて落ちる。的は真っ二つに割れていた。シーンと静寂が訪れる。
「あの的結構壊れやすいんだなぁ」
俺だけは呑気にそんな感想を抱いた。
キングゥに傷付けにくいみたいなこと言ってたけど、あれは過剰に持ち上げてただけなんだなぁ。
「いえ、あの的は過去に一度しか壊された事がないらしいですよ」
アリスが後ろから教えてくれる。
「マジか」
ということはアリスで二人目、アイツで三人目ということか。やっぱアイツはゲームのキャラっぽいな。しかも凄腕の魔法使いと見た。
「次、えー、ヤーナツ君」
髭の爺さん試験官が手元の書類と俺の顔を何度も見ながら俺の名前を呼ぶ。
ついに俺の番だ。緊張する。
「頑張って」とアリスの言葉を受け俺は前に出る。的は修復されていた。
手を前に出す。
気合を込めて
「ファイア」
しかしなにも起きず。
「何も出ないね」
試験官が言ってくる。
周りからクスクスっと笑い声が聞こえてくる。アリスはどんな顔をしているだろうか。見るのがちょっと怖い
「みたいっすね」
「もう一回やってみようか」
もう一度俺の綺麗な空振りが見たいと。何と鬼畜なジジイかこやつは。
しかし逆らう事ができない俺は「はい」と返事をしもう一度『ファイア』と唱える。
何も起きず。
先程よりも笑い声は大きくなり「何しに来たんだよ」と時折野次も飛んでくる。
恥ずかしすぎて死にそうだよ。
「戻っていいですか」
今すぐにでもここを離れたかったが一応確認を取る。
「いやもう一度違う魔法を試してみようか」
こんな公開処刑もうやめてよ。心の中で涙の主張。
泣く泣く「サンダー」と唱えてみるが、案の定何も起きず。
「剣も持ってない様だし、君は何故冒険者を志望したんだい」
試験官が呆れた様子で質問してくる。
それは俺も父と母に聞きたいです、なんて言ったら怒られちゃうかもだよな。
試験官がじっくりと俺を見る。
「分かんないです」
試験官の重圧と周りの空気に耐えきれず出た言葉。
「そうかい。ならもう帰っていいよ」
まさか俺がこの言葉を言われるとは。
向こうの世界で決めていた事がある。やる気が無いなら帰っていいよと言われたら素直に帰るという事だ。だから俺はその場を去った。足早に何も言わず。
俺を笑う声が響いている。罵声を俺に投げかけてくる。それら全てが俺の精神にダメージを与えたが、そんな事よりもこの情けない姿をアリスに見られてるというのがたまらなく嫌だった。だからアリスに目もくれずそこから去った。
寮に居るととアリスが会いにくる様な気がしたから、必要な物だけを取りに戻ってそこらへんで一夜を明かした。
夜風に当たって寝ていると父を見返したいとか、ゲームストーリーだとか、今日笑われた事だとか、アリスにどう思われてるかとか、全てがどうでもよく感じた。このままボケーっと寝転がって日々を過ごしていれば、なんの危険もなく過ごせるんじゃ無いか。そんな安心感に包まれた。
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