第10話

 アリスは祈るように両手を握っている。きっと本当に祈っているのかもしれない。自分の正体がばれてませんように、と。


「私が強いと思う根拠を言って欲しいです」


「根拠かぁ」


 なんて答えたらいいんだ?顎に手を当て考える。ある人から君が悪魔だと聞いたんだ、とでも答えるか?


「この場で言わないのは何か理由があるのですか?」


 俺が根拠をなかなか答えなかったからかアリスが別の質問をしてきた。


「ちょっとここだと言いにくいね」


 もし人が来て俺の話を聞いていたらアリスが悪魔だとバレてしまう。

 アリスは観念したかのように合わせていた両手をぶらんっと下げた。


「私の正体、しっているのですね」


「まぁそういう事になるね」


 なんか強請り《ゆすり》をしてる気分だ。


「場所を移してもいいですか?」


「うん」


 そのまま俺とアリスは会場を後にした。




 二人で人気のない道を歩く。


「改めて聞きます。私の正体知ってますよね」


「悪魔でしょ」


 正直に答えた。


「どうやって知ったのですか?」


「いつか教える」


 リアの事は話さなかった。


「誰かに話したりしましたか?」


「いやしてない。俺の父も母も兄も君が悪魔だって知らないよ。あれ俺これ口封じに殺される?」


 実は二人きりになるの不味かったんじゃないか。優しそうだから大丈夫だと思うけど。


「そんな事しないです。…やっぱり悪魔と二人きりはこわいですか?」


「いや悪魔かどうかは関係ないかな。俺だって大金の隠し場所を全く知らん人に知られたら殺しちゃうかもだし、逆も同様じゃん。その殺しに人間か悪魔なんて全く関係ないじゃん。つまりそういう事」


「ごめんなさい、よく分からなかったです」


「そっか。まぁ君に対して恐怖は抱いてないよ。護衛を頼んでる相手に恐怖するってそれ意味不明じゃん。」


「護衛…ヤーナツ君の護衛をすれば秘密、バラさないでくれますか?」


 脅しみたいで気が引けるが俺だって死にたくはない、やれる事はやってやる。


「脅しをするようで悪いけど、そういう事だね。守ってさえくれれば誰にも言わないよ、約束する」


「でも一体何からヤーナツ君を守ればいいんですか?それにさっき言った通り私あまり強くないです」


「君は強いそれは信じてる。ただ何から守ればいいと聞かれても俺も分からん。だからあまり気負わず今まで通りの日常を送っていこう。助けて欲しい時は助けてって泣きつきにいくから」


「ヤーナツ君なんだか情けないけど、聞いていた印象とちょっと違います」


 もしかしてヤーナツとアリスって初めましての、初会話?いや、そんなはずないよな兄の婚約者だし。


「どんな印象なんだ?俺って」


「わがままで意地悪すぐに癇癪を起こしては物や人に当たる。ヤーナツ君のお父様やラウド様が言うには、ヤーナツ君のせいで辞めた使用人は星の数、人を人とは思わない最低なクズだって、おっしゃってました」


「最低なクズか、あながち間違ってない。だって君のこと脅してるからね」


「でもヤーナツ君に秘密を知られたって分かった時もっと酷い目にあうと思ってました。人を人とも思わない方です。悪魔の私なんて何をされるか。死も覚悟しました」


 何故かエッチな妄想が膨らみそうで膨らまなかった。


「死を覚悟したのに、俺の事殺そうとは思わなかったのか?」


「せめて心だけは人らしくありたいので」


「人を殺したら殺人鬼っていうからな。悪魔は悪魔でも悪鬼なんて嫌だもんな」


 アリスはどのように反応すればいいか分からなかったのか、困った様子でニコッと笑った。

 配慮が足りなかったか?


「変なことを言ったね。ほんとごめん」


「変に気を使わなくても大丈夫です」


 しばし沈黙。なんか今日頻繁に気まずくなるなぁ。

 俺は無理矢理にでも口を開いた。


「でもさやっぱ人らしくありたいっていうなら人助けでしょ。人と人は支え合ってる、てよくいうじゃん」


 この世界に人って文字があるか知らんけど。


「つまりさ人と人助け合っていくことがさ、人を人たらしめるんだ。だからさ俺を助けてくれ、俺を守ってくれ、その代わり俺は君に…の秘密を言わない?あれ俺一方的に助けられてね。してあげられることがないや」


 これじゃ助け合いじゃない。人と人支え合って人理論が適用しないじゃないか。


「何かを求めたりはしません。どちらにせよ私に選択権はないです。ヤーナツ君を守ります、私」


「そうだな俺、脅してるんだったな。なんかちょっとでもいい奴になろうとしてたよ。じゃあ君が俺の事を守ってくれる限り君の秘密は口外しない、そういう事でこれからよろしく」


「これからよろしくじゃねーよ」


 突然、第三者の声が聞こえる。

 声のした方向に振り向くと、夜に溶け込むぐらいの黒い髪に黒いパーカーを着た高校生ぐらいの男がいた。その向こうの世界のような装いにアイクは底知れぬ恐怖を感じた。


「なんでアリスが悪魔だって知ってんだ。もしかしてお前転生者か?」

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