第8話
歳に似合わない礼服にしっかりと締められたネクタイしかも髪はオールバック。
もしかして今の俺最高にダサいのではないのだろうか?
がっちりとしまったネクタイも相まって正直精神的にきつい。せめてオールバックだけは勘弁してもらえないだろうか。
何よりきついのは筋肉痛だ。このままベットで寝かせてもらえると有り難いのだがそう言うわけにもいかない。
部屋がコンコンとノックされる。
俺は「どうぞ」と入室を許可した。
「ご無沙汰しております。ヤーナツ様」
レースがあしらわれたパーティー用ワンピースを来た彼女は裾をつまみ上げちょこんとお辞儀をした。
とっても美人な子だ。
これが俺の婚約者ワードちゃんか。
なぜだか胸がドキドキし初恋のアニメキャラを思い出す。もしかしてこの子に一目惚れしてしまったのか?
「どうかされたのですか?」
見惚れてボーとしていた俺にワードが困り顔で話しかけてきた。
「いやなんでもない」
いや多分これは俺じゃなくてヤーナツ君の気持ちなのではないだろうか。そうに違いない。
自分の気持ちに区切りをつけたのはいいが緊張はどうしてもしてしまう。なかなか話出せない。
ワードは未だに扉の前で突っ立ったままだ。ベットに座るか聞いてあげたいが下心があると思われるのも嫌だ。
しばし沈黙が続く。
「今日はなんだか元気がないですね」
沈黙を破ったのはワードの方だった。
「ま、まぁね。それよりも俺たちの出発がいつ頃か分かるか」
「父の話が終わればとの事なのでもうすぐです」
「そうなんだ」
再び沈黙が訪れる。
仕方ないたぬき寝入りだ。わざとらしく大きな欠伸をする。
「じゃあ出発の時まで横になるか。ワードも暇ならそこら辺散歩して来るといい」
気まずいからと女の子に部屋を出ていくよう促すなんて、とんでもなくダサい男じゃないか俺。
「いえ私もこちらで待たせてもらいます」
しかし以外にもワードは部屋に留まった。
扉の前でボーと立ち尽くすワード。気まずい気まずいよなんか。俺は身を縮こませて寝たフリを続けた。
「やはり今日はなんだか様子が変でいらっしゃいます。体調でも悪いのですか?」
ギクゥゥ。
「実は全身が痛い」
掛け布団にくるまったまま答えた。
「全身がですか?何をされたのですか?」
「走り回ったね。それはもう無邪気に。そしたら筋肉痛」
素直に筋トレと答えると『あのヤーナツが!』と驚かれるので嘘を答えた。
「子供じゃないのですから少しは落ち着いてくださいな」
あんまりこの子、ヤーナツ君のこと恐れていないな。惚れるが負けというやつか。
「いやまだまだ子供だろ。大人っぽく振る舞え、て言われても無理だよ」
大人っぽく貴族らしい立ち振る舞いなどできる気がしない。ここは子供の立場に甘えようじゃないか。
「大人のように振る舞えと言ってるのではありません。小さな子のように振る舞うなと言っているのです」
ワードはハキハキと物申す。
ヤーナツ君めちゃくちゃ尻に引かれてんなー。いつか振られるけど。
「分かった。年相応に振る舞うよ」
「意外です。どうせまた拗ねて駄々をこねるのかと思ってました。やはり今日はなんだか様子がおかしいです」
なんかこの子当たり強くない?もしかしてすごく嫌われてる?話も変えたいし聞いてみるか。
「俺の事嫌い?」
「嫌いですよ。子供っぽいし、すぐ怒るし、体をベタベタ触って来るし不愉快でたまりません。はっきり言ってキモいです。でも親の決めた相手です。貴族の娘としての務めを果たさなければならないのです」
「た、大変そうだな」
ついつい第三者目線で発言してしまったが、振られた悲しみで胸は締め付けられ涙が自然と出てくる。ヤーナツ可哀想に。
「他人事ですね」
「そんな事ないさ。だって涙がアホほど出てくるもの」
「ヤーナツ様が聞いてきたのです。私は正直に答えたまでですよ」
そこでコンコンと扉が鳴った。
さぁアリスちゃんに会いに出発の時間だ。
馬車の中は地獄そのものだった。
ワードの父、母、ワードそしてそこに放り込まれる俺。ワードの父とワードはだんまり。ワードの母は俺の機嫌を損ねないように恐る恐る丁寧にコミュニケーションを取ろうとしてくる。
その様が気の毒で、流石に俺も世間話に花を咲かせた。『あのヤーナツが世間話を!』と思われたかもしれないが仕方なかったのだ。それほどまでに馬車の中の空気は地獄だったし、ワードの母は気の毒だったのだ。
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