第7話

「オレ婚約者がいるらしけどそれってまじ?」


 食事を持って部屋に来たリアに開口一番、婚約者のことを聞いた。


「多分ワードちゃんね。そう言えばそんな設定あったわね。あなたの家とワードちゃんの家はいわゆる寄親と寄子関係なのよ。あなたの家が親ね。だからワードちゃんはあなたを押し付けられた形になるわね」


「そのワードちゃんってどんな子なん?」


「主人公の親友ポジの子ね。この子ルートによっては攻略対象とくっつくのよ。そのせいでその攻略対象共々プレイヤーからは嫌われてるわ」


「さりげなく俺振られてるやん」


「安心してワードちゃんはあなたより不人気キャラよ」


 慰めになってねーよ。


「ちなみに聞くけどリアはどう思ってんのワードちゃんの事」


「私は別になんとも思ってないわね」


 なんかちょっと怖い。女の子のなんとも思ってないちょっと怖い。


「婚約者の事誰に聞いたの?」


「母から。あの人なんか普通に接してきたわ」


「奥様は奥様でちょっと変わってるからね。そういえば私もこの部屋に来る前に色々なことを聞かれたわ。特にあなたの事」


「さっきまで母といたの?」


 リアは「ええ」と答えた。

 なんだか嫌な予感がする。

 そっとベットから立ち上がり扉の前に移動する。このまま扉を思いっきり押してやりたかったが残念ながら引くことしかできない。

 仕方ないので扉を勢いよく引いた。


「きゃぁぁぁぁ」


 甲高い悲鳴をあげ母が倒れ込んでくる。

 先程とは違い束ねた髪を横に流していた。その姿は少しだけお淑やかに見えた。


「お、奥様どうされたのですか」


 母は立ち上がると何もなかったかのように俺のベットの上に座った。


「母なのですから息子の部屋にぐらい来ます」


 この感じ俺たちの会話は聞かれてなさそうか?


「部屋の前で聞き耳を立てる事が母親のする事かー」


「息子が部屋に女の子を連れ込んでいたらどの家の母も聞き耳ぐらい立てますよ」


「え、マジ?」


「マジ」


 流石にこの母が特殊なだけだよな。

 誰かに否定して欲しかった俺はリアの方をチラッと見たが何故かリアは顔を背けていた。


「絶望」


 と声に出し絶望しかけていたが、よくよく考えたら前の世界の俺は女の子を部屋に連れ込むなどしたことがなかった。俺が夜な夜な考えていた口説き文句を向こうの母が聞き耳をたてて聞く事はなかったわけだ。

 後はこっちの世界の母に気をつければいい。


「にしても小さいし何も置いてないし不便な部屋ね。あら!これはもしかしてリアの手料理?」


 母が部屋見渡すとベットに置かれた食事に気づいた。

 ちなみにメニューはシチューとパン。パンはスライスされておりサラダが付け合わせられていた。


僭越せんえつながら私が…」


 母は「ふーん」と言うと食事の乗ったトレイを自分の膝の上に乗せた。

 再び嫌な予感。


「待って、まさか食べないよね?」


 母は何も言わずにシチューの入った皿を口元まで持っていきシチューを啜った。


「マジか」


「あなたに彼女の手料理など百万年早い。それでも食べたいと言うのなら母の愛も一緒に召し上がりなさい」


「母の愛ってただの唾液じゃん」


「彼女であることの否定は無し、と」


「いつまで疑ってんだよ」


 なんなんだこの母。

 でも正直食べられるんだよなぁ。一つのペットボトルを友人達と回し飲みした時より余裕だ。

 これが向こうの母だったらキツかったがこっちの母はどうにもいまいち母親とは思い切れないし。美人だし。むしろご褒美かもしれない。

 食べる前に言い訳でもしとくか。


「いやーでも飯これ以上用意されてないだろうし、食っとくかー。処分するのももったい無いしなー」


 何やらリアにジト目で見られているがもしかして見透かされたか。でも実際他に飯なんて用意されてないだろうし仕方ないよな。

 自分を納得させシチューをグビッと飲む。


「え、引くわー。母、嫌われてると思っていたけどまさかこんなにマザコンとは。リアもなんか言ってやりなさい」


「私もドン引きです。ちょっと、いや大分キモいです」


「仕方ない。仕方ない事なんだ。人は食べないと死ぬから仕方ないんだ」


 言いながらパンをシチューにつけガブガブ食す。


「リアこんなマザコン相手にしてたら大変よ。ほら行きましょ」


 母は扉の前に行きリアに手招きをする。


「いえ、食器を片さないといけないので」


「仕事熱心ねー。そう言えば明日にはワードさんが来るからリアとの関係バレない様にしなさいね」


 母はバタンと扉を閉め退室していった。


「ワードさんが来るって、どう言う事?」


「誕生パーティーのお迎えでしょ。もしかして明日の誕生パーティー忘れてたの?」


「明日開催は知らなかったわ。遂にアリスちゃんや婚約者と対面かー」


 それよりも俺には気になることがあった。


「母が聞き耳たてるってアレほんとのほんとにマジなん?」


「母はどうか知らないけど私は心当たりがないとは言えない。でも勘違いしないで部屋の扉に耳をつけるまでのことはしてないわ。弟の部屋の前をちょっとゆっくり歩いて耳を澄ませた程度よ」


「全部話すやん」


 弁明のつもりなんだろうな。


「そんなことよりも明日の事よ。遂にアリスと会うのよ。あなたどうするつもり?」


 リアはコホンと一つ咳払いをし話を変える。


「聞きたいんだけど俺ってゲームの中だと死ぬん?別に死なないならアリスちゃんに助けを乞う必要なくね」


「死ぬわね。どのルートも確実に死ぬわ」


「マジか。じゃあここに篭ってようかな」


 シナリオから大きく外れた動きをすればその未来も訪れないだろ。父にぶん殴られそうだけど。


「例えあなたがどこにいてもダンジョンの暴走、つまり時が来たらモンスターが暴れ出すのだけれど、そうなれば安全な場所なんてないわよ」


「じゃあやっぱアリスちゃんを味方につけるしかないか。明日守ってくれーって頼んでみようかな」


「そ。まぁ頑張りなさい。明日は私居ないからちょっと心配だわ」


え、まじかよ。一気に不安になってきたわ。



 その後食事を終えトレイを下げる為部屋を出ようとした際、再度母が部屋に倒れ込んできた。

 どんだけ懲りずに聞き耳立ててんだこの母は。

 というか今の話聞かれてたらやばくね、と思ったが「母に何の話をしてたか教えなさい」と言ってたので大丈夫だろ。

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