第6話

 あの後結局腕だけでなく全身筋肉痛になって2日も寝込んでしまい筋トレも剣を振ることも出来なかった。

 出来なかった分頑張らねばと張り切って素振りをする。

 今日は訓練所に誰もいないし、どうせだし声でも出すか。


「んーめぇーーん!」


 なんだか恥ずかしいがそれ以上に気持ちがいいし体に力が入る。もしかしたら誰かに聞かれてるかもしれないがそんな事は気にしない。

 ひたすら叫びながら素振りをする。

 声を出しながら素振りをしているおかげだろうか三十回を超えてもまだまだ全然余力がある。これからは声を出しながら素振りをするべきだろうか。

 こりゃまたどうせだし「めぇーん!」以外もしとくか。


「んーめぇーーん!どーー!こてーー!つきーー!!!」


「奇声が聞こえると思って来てみればあなただったのね」


 とんでもなく髪を盛りとんでもなく高価そうな髪飾りをこれでもかというぐらい付けた女が訓練所に似つかわしくないドレス姿で入ってきた。

 あれは今の俺の母に当たる人だ。多分。

 掛け声を聞かれた事に多少動揺はしたがそれでも俺は怯む事なく大きな声で素振りを続けた。


「ラウドちゃんから聞きましたわよ。剣を振ってて驚いたって。あなたみたいな出来損ないがいまさら剣を学んだって意味ないというのに」


 どう接していいか分からないしとりあえず無視しとくか。


「ここはラウドちゃんの為に用意された場所よ。あなたが我が物顔で訓練所を使っているとお父様がお怒りになるでしょ。変なことしてないでとっとと部屋に戻りなさい。奇声を上げていることを知られたら酷い目に遭うのはあなたなのよ」


「めーん!どー!」


「あ、でもあなたが連れてきたリア、あの子は中々いいわね。あの子の作る料理は質素ながらも美味しいし洗濯機で落ちないシミも簡単に取ってくれる。裁縫もできるし壊れた家具も修理できる、魔法の腕も素晴らしい嫁に欲しいぐらい出来た子ね」


「めん!どう!」


 この世界洗濯機なんてあるんだ。もしかしたら電話もあるかも。


「はっ!あなたもしかして急に鍛え始めたのはリアに恋をしたからなのね。あぁもうそうとしか考えられないわ。いつだって人を変えるのは愛の力なのよ」


「面!倒!くさーい!!!」


 俺が遠回しに面倒くさがってるのを伝えてるのにそれにきづかないで一人で淡々と喋りやがって。親との恋の会話はめちゃくちゃ気まずいんだよ。というか喋りすぎだろ。

 そういえば向こう世界の母も聞いてもないのにお気に入りの若い男性アイドルの話を永遠にしてきたなぁ。


「でもダメダメダメ、駄目よ!あなたには婚約者がいるでしょ。リアとはお遊びで済ましときなさい本気になったら駄目。使えないなら使えないなりに家のために役に立つのよ」


 こ、婚約者?ちょっと待って俺には婚約者がいんの?これはリアに聞かねば。

 婚約者の事で動揺して変なことを聞きそうだしそろそろ母上にはご退場してもらうか。


「うるさいからどっか行ってくれない」


「んまー!母に向かってなんて口を聞くの。あなたが反省し謝るかリアとの関係を話すかしない限り母はここから動かないから」


 母はその場で座り込んだ。

 この人どんだけ俺とリアの関係が気になるんだよ。


「じゃあ俺がどっか行くよ」


「キーーなんて子なの。逃がさない、絶対逃さないんだから」


 訓練所を去ろうとする俺の足に母が飛びついた。


「ちょ、何すんの。離れてくんね」


「私を置いてリアの元に行く気ね。そんな事はさせないわ。リアと結ばれたいならこの母を倒していきなさい。愛に壁は付き物よ」


「俺別にリアの事好きじゃないから」


「いやそんなはずはないわ。だってあなた明らかに優しくなっているもの。いつもだったら暴言吐くだけ吐いてどっか行くもの。今だって足蹴にしないもの。あなたは恋を経て生まれ変わったのよ。まさに愛の力」


 ギクゥゥ。

 愛を盲信しすぎてるのは気になるが生まれ変わった、て言うのはあながち間違ってない。


「分かったから足離して。じゃないとこのまま引きり回すよ」


「覚悟の上」


「その覚悟試してやろうじゃないか」


足に思いっきり力を入れ歩こうとする。しかし母は微動だにしない。


「ふんぎぃぃぃぃぃ!」


 どんなに力を入れても全く動かない。ドレスの中は実は足ではなく根っこでも張っているのではないだろうか。

 母の方を見てみると勝ち誇ったような顔でこちらを見ていた。


「母は偉大なり」


 言い放った後も母は決して離れようとしなかった。

 なんてダルい母だ。

 というか割と普通に接してくれるんだな。もっと嫌われてると思っていた。距離感が近すぎるのはなんとも言えんが。

 にしても疲れた。ただ足に力を入れてるだけなのに何故こんなに疲れるんだろうか。

 ゼェゼェと息を切らした俺は足に力を入れるのをやめ、ある禁断の一言を言う。


「重い、重すぎる」


「あ、あ、あ、あなたなんてことを…」


 母は余程ショックだったのか真っ白になりその場で倒れ込んでしまった。

 足も自由になったことだし部屋に戻って筋トレでもするか。母が居なければ訓練所で素振りを続けたんだが。

 訓練所を去る際


「可哀想な母を置いてリアのもとに行くのですか」


 と聞こえてきたが無論無視し部屋に戻った。

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