第4話 「き」「す」「を」「ぢ」

 部屋に戻っても2人はいた。めっちゃ困る。どーやって寝るんだよ。嬉しすぎ。

 あっちゃんはめっちゃ可愛い。せっちゃんはセクシー。オレを挟んで川の字か? いや、せっちゃんの胸を枕にして……ヤバイっしょ。


 あっちゃっは、そわそわしているオレを一瞥した。



「うちら、寝ないから大丈夫」


「あ、そ」


「「おやすみ」」


「じゃ。おやすみなさい」



 なんか、目ぇギンギン。2人の女子トークに耳をそばだてながら寝たふり。



「せっちゃんはさー、最初は清楚なカッコしてたよね? ホントはあっち系のが好きなんじゃない?」


「ふふ。そーだね。前はあっちゃんと2人で女学生の、ほら、はいからさんのカッコしてたよね。なんか懐かし」


「あのころは、ゐ姫もゑ姫もいて。楽しかったぁ」


「うんうん。恋愛はまだまだ自由にできない時代だったけど、素敵な時代だったよ。ふふ、覚えてる? 8人でミルクホールへ行ったの」


「帰ったら、めっちゃ怒られたけどね。

 ゐ姫とぢぃ姐が泣いちゃって、せっちゃんとを姫が一生懸命かばってくれて」


「ふふ。そーだったそーだった」


「1945年ごろからだっけ。せっちゃんが今の路線になり始めたの」


「ふふ。アタシ、結構、流行に乗るタイプだから」

          :

          :

          :

 意外にも眠れたし。

 朝、2人は、きゃっきゃ言いながら、コンビニスイーツを山のように食べていた。



「オレ、学校休んだ方がいい? どっか一緒に行く?」



 2人にお伺いを立ててみた。



「「いってらっしゃーい」」



 邪魔らしい。



「いってきます」



 学校では「あ」も「せ」も使えず、流石に不便を感じた。「汗かいた」と言いたくても「  かいた」になってしまう。「先生」も「 ん い」。


 そして、誰かが気づいた「を」も遣えない。それは2限目の休み時間だった。

 3限目の世界史の授業で、先生は「キリスト」と発音したかったようなのに「リ」と「ト」しか聞こえなかった。「き」と「す」まで!?


 友達との何気ないふざけ合いがなくなった。言葉を選ばなくてはならなくて。スピード感のない会話がだんだんメンドくなって、みんな口数が少なくなった。



 これはダメ。 



 授業が終わると、オレは走って1番早い電車に飛び乗った。一刻も早く2人に戻ってもらおう。部活も塾もサボり。


 家に帰ると、リビングは紙袋でいっぱい。テーブルにはケーキをホールで食べた痕があり、シャンパンの瓶が開いいる。他にも色々と食べたのか、甘い匂いが残っている。バーベキューソースの匂いもする。キッチンのシンクの中には何枚もの皿があった。



「ふふふ」

「キャッ。冷たっ」

「わんわんわん」

「ラッシー、こっちこっち」

「あはははは」



 庭からは女の子たちのキャピキャピと騒ぐ声。まさかとは思うが。

 !

 リビングを突っ切って裸足のまま庭に降り立つと、なんと6人も女の子がいた。全員、袴姿。足元はブーツ。髪には大きなリボン。



「あっちゃん、せっちゃん、これ、何?」



 オレの声に笑い声が止んだ。

 みんなを庇うようにせっちゃんが前に出る。



「みんな、あっちゃんを心配して迎えに来てくれたの。怒らないで」



 もう一人、陶器のような肌の黒髪美人が口を開く。



「それと、みんなが妹達を亡くしたわたくしを慰めてくれたの。わたくし、『を』と申します」



 この人がを姫。

 ぽっちゃりしたタイプが1人。明るく自己紹介をした。



「『ぢ』っす。ヨロ。

 勝手に人んちで騒いでごめんなさい。

 すっごく楽しかった。とりあえず、他のみんなには帰ってもらうよ。

 ウチ、あんま、遣われないからサ、片付けとくわ」



 昨夜2人が話していた、ぢぃ姐。

 あっちゃんとせっちゃんとぢぃ姐に「こっちは大丈夫」と言われて、他のみんなは帰った。



「あのさ、誰が来てたの?」


「を姫、きっき、すーちゃん、とウチ、ぢ。歳近くて仲えーんや。すっごい昔、ミルクホール行ったメンバー。あははは」



 ぢぃ姐は大口を開けて笑った。

 きっとその時は、を姫が言っていた妹達も一緒だったんだろう。ゐ姫とゑ姫。


 4人で片付けた。と言っても、神がかった力で執り行われ、オレは元あった場所を指示しただけ。物が宙を動いて片付いた。



「じゃ、ウチ、戻るで。

 きっきもすーちゃんも気にして迎えに来たんや。ええ子らやろ?

 あっちゃん、待っとっし。

 せっちゃん、頼んだ!」



 ぢぃ姐がいなくなると、リビングは閑散として静寂に包まれた。よほど楽しかったのか、ラッシーはソファの影やドアの影を何度も覗いて、みんなを探していた。


 学校から勇んで帰ってきた時は説得しようなんて思ってたんだよな。

 甘すぎ。ひらがなができたときからの仲間が来てもあっちゃんは帰らないのか。


 大きなリボンの髪飾りに袴姿のまま、あっちゃんは項垂れる。



「分かってるよ。我儘って。嫌な言葉なんて、誰だってあるもんね。

 きっきだって『嫌い』って言葉にダメージ喰らってるし、すーちゃんだって『すけべ』とか嫌がってたし」



 せっちゃんはあっちゃんを抱きしめて頭を撫でる。なんか、どっちも羨ましい。



「言ってほしい言葉は遣ってもらえないし。ね、あっちゃん」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る