第3話 「お」の陰謀
せっちゃんは訴えた。
「アタシだって嫌だよ。興味本位でエッチな言葉遣われるたびにムカツク。でもね。おっくんが調子こいてるのはもっとムカツク!」
おっくん? 「お」?
まさかここへ「お」まで来る?
「なんでおっくんが?」
あっちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「『あ』と形似てるし、代わりに『お』遣えばいいって。
うっざ。見る? 昨日のあっちゃん失踪会議のときのヤツの映像」
言いながら、せっちゃんは部屋の白い壁に映像を映した。
『”あ”がいないなら、”お”でいーんじゃね?
全国の相田さんが老田さんになるけどさ、変わんないっしょ。
井伊さんが先頭になるだけじゃん』
映像のおっくんは、スポーツが得意そうなイケイケタイプに見える。驚いたのは、ラッシーがおっくんの映像を見て大喜びし、千切れんばかりに尻尾をブンブン振っていること。
「どした? ラッシー」
理由はせっちゃんが教えてくれた。
「わんこはね、『お』がつく言葉が好きなの。だからじゃない? お散歩とかオヤツとか。ほら、アタシにはそんなでもないけど、あっちゃんにはあそぼってすっごく
「だからか」
お散歩とオヤツには敵わないっしょ。
映像の中にお爺さんが出てきた。
『また歴史を繰り返すのか。自然な淘汰なら仕方がない。今回は、おヌシが画策したんじゃろ』
お爺さんの手の甲に「わ」が見え隠れする。
せっちゃんは、おっくんをあまり良く思っていないらしい。
「わ爺が言う通り!
おっくんはね、を姫からたくさんの言葉を奪ったの。『折る』は『をる』だったし『起こる』は『をこる』だった。でもね、それは時代の流れで抗えなかったの」
「わ爺はお辛かったと思う。ゐ姫やゑ姫を亡くされて。時々古い書物に触れて懐かしんでいらっしゃるもんね」
あっちゃんも共感している。
ところで、
「画策って。おっくんって人がなんかした?」
映像ではあっちゃんの失踪がおっくんのせいみたいに言われていた。
せっちゃんは「聞いてよ!」と憤る。はい、聞きます。オレはせっちゃんの胸に視線を落とさないように気をつけながら、せっちゃんの泣きぼくろと向き合った。
「おっくんはさ、あっちゃんが本田君のこと気にしてるって知ってるくせに、あっちゃんに本田君が告ること、教えたんだからっ」
「は? オレ?」
「そーだよ! ヤツには勝算があったんだよ。あっちゃんが傷つくって」
「え、ごめん。オレ、その、あっちゃん、君の気持ち気づかなくて」
女の子から好意を向けられたことなんてないから、こんなときの振る舞い方が分かんね。3日前に告ったとき、好意向けられてるって感じてたのは勘違いだったしさ。
「違うから!」
バッサリとあっちゃんに否定された。なんか、告ってもいないのに好きでもない人からフラれた感。
「あっそーっすか」
「私が本田君を気にしてたのは、本田君がいーっぱい『愛してる』って浴びるように言われて育ったから。ラッシーも」
「……」
恥ずい。耳が熱くなる。
最近はやめてもらったが、小さなころからオレは母親にたくさん「愛してる」と言われた。どうも「愛してる」と言わないと生きていけない体質らしく、最近ではラッシーに「愛してる」を浴びせかけている。
「あんなに『愛してる』って言われて育った男の子は、きっと女の子を好きになったら『愛してる』って言うと思ったんだもん」
あっちゃんが「愛してる」と発音するたびに、ラッシーの尻尾がふりふりと揺れる。そっか、ラッシーがあっちゃんに
「おっくんはね、虎視眈々とあっちゃんの座を狙ってんの。なんたって2番手。丁寧語の『お』は強いよ。あっちゃん、このままだと本当に『あ』が乗っ取られちゃうよ。を姫だったらまだいいよ。ゐ姫やゑ姫みたいになっちゃったら、アタシ、辛くて寂しくてムリ」
「せっちゃん」
「頑張ろうよ。頑張ってよ。『あ』なんだから。五十音の最初なんだから。おっくんと一緒にいっくんも調子に乗り始めてるんだから」
「いっくんは元々、いろはにほへとの1番だったもんね。当然だよ。いつも私、いっくんに悪いなって思ってるもん」
あっちゃんはちょっとしょぼんとする。
「それは時代の流れなの。でも、あっちゃんは違う。もう『あ』の代わりに『○』を使ったりしてる人も出始めてる。早く戻ろ。人の記憶から消失する前に」
「そっか。おっくん、わざとだったんだね。私に本田君のこと教えたの。でもさ、本田君が『好き』って言ったのは本当じゃん?」
ふー。参った。
なんか、オレのせいでもあるみたいじゃん。オレって無実だよな?
1階で家族が帰ってきた気配がしたのを機に、オレはラッシーと自室を出た。
着替え、夕食、シャワー、家族との団欒。そんなことをしている間に女子トークに飽きて2人とも帰るだろう。
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