修道院での出来事-1

 あの島にはかつて、三人の乙女が住んでいた。ノルン三姉妹を彷彿するような、魔女の三姉妹だ。

 皆が紀元前と呼びなわす時代から紀元後の少しの間、そういう手合いはそこそこ居た。薬草に詳しく、今で言う医学の見識があれば簡単に魔女や魔法使いになれる。もちろん、薬草や医学の知識は相伝だから部外者には伝わらない。ロマや北のドルイドなんかにも由来する部族があって、彼らは村や集落を持たず、各地に転々と散るように生活していた。

 彼女らは水辺に住んでいたからオンディーヌと呼ばれていた。上から大オンディーヌ、中オンディーヌ、小オンディーヌと呼ばれていて、ひとりひとり、得意なことが違っていた。子どもの病は小オンディーヌ、大人の病は中オンディーヌ、出産と死に関することは大オンディーヌに聞けと言われていた。

 俺も彼女らとは面識がある。魔女や魔法使いの多くは知り合いだ。彼らの中には魔力を持つ人間も、持たない人間も居たが、俺がどういう存在かを知らずに接する連中はいなかった。大昔はそういうことに鼻が利く人間もそれなりにいたのさ。無礼を働かれたところでどうとも思わないが、敬意を払う人間には相応の対応をしたくなるのは変わらない。

 三姉妹は魔力を持つ魔女だった。あの島には紀元後すぐから四百年ばかり住んでいただろうか。大オンディーヌは老婆の姿、中オンディーヌは中年の女、小オンディーヌは美しい乙女の姿をしていたよ。三人とも、年齢は大きく違わないがね。先代のオンディーヌたちがそんな姿だったものだから、彼女らも踏襲したようだった。

 彼女らは周辺の集落と上手いこと共存していた。魔女を恐れる人間もいるが、彼らや彼女らは人間に対して好意的だ。多くの人間は魔力を持たないからこそ弱い存在だからね。群れを作って暮らす獣たちよりも弱い。だからこそ愛でたくなるのは強者の必定だろう。もちろん、俺はお前が弱いから傍に居るんじゃないけどね。

 しかし、だ。紀元後、四百年経ったある日、魔女たちは暴徒に襲われた。暴徒は聖都の教会の一派を名乗っていたらしい。ちょうどその頃、帝国では、土俗の信仰はすべて邪教と見なす風潮だった。帝国の中央と田舎では文化も風習も違うのに、教会から金と権力と免罪符を約束されたのか知らないが、当時の皇帝は強硬手段を取ったのさ。各地で異教徒の弾圧が起きてね、神像や神殿を破壊するだけじゃなく、異教の人々を異端と呼んで改宗を迫った。のちの魔女狩りほど苛烈じゃあなかったけどね。

 彼女らの住処を襲った暴徒たちは三人の見た目によって、大オンディーヌと中オンディーヌを殺害し、小オンディーヌを生け捕りにした。先も言ったが彼女らの年齢は大きく違わないし、三人がそれぞれ美しかったのに、だ。代替わりしたことを悟られまいとした暗示がアダになって、上の二人は死んでしまった。遺体は切り刻まれて湖に捨てられ、夕焼けでもないのに湖面が紅く染まったという。

 魔力があるのに死ぬのかって?

 彼らや彼女らと俺はからして違う。人の子として産まれた彼らや彼女らと違って、俺は超自然発生的に存在したんだ。気がついたときには意識があった。器を持つ彼らとは根本的に違う。俺は。長く生きるにつれて少しずつ見た目は変わったが、なろうと思えば子どもにも老人にもなれるんだから外郭の意味なんてない。

 話を小オンディーヌに戻そう。

 彼女らの魔力は処女であることで保たれていた。姦通した途端、彼女らは本来の人間に戻る宿命さだめにある。多くの巫女が生娘であるのと同じだよ。巫女は神と通じて一生を捧げるんだから、人間の男と通じるなんて言語道断だ。彼女らも精霊主と婚姻して魔力を得ていたから不義が行われれば婚姻関係は破綻する。そういう掟だ。そして、神聖なるものを穢したいと思うのは野暮な男の哀れな願望だ。そうして得られるものなんてただのでしかないのにね。誰かのお下がりよりは神と名のつくもののほうがいい、胸がすくということなんだろう。形而上のものと張り合うことほど滑稽な話もないけども。

 小オンディーヌは四百年以上も生きていたが、見た目は適齢期の少女だ。しかも麗しい。貞節の誓いを立てたはずの僧侶どもに手込めにされるなんて時間の問題だった。連中の言い分はこうだ。魔力を持った女と人間の男が姦通し、身篭る子どもに魔力は宿るのか実験しただけだ──屁理屈もいいところだ。

 小オンディーヌは生涯で十回、身篭った。うち、出産したのは五人だった。暴徒は六人ほど居たらしいから、どれが誰の子かなんてわからない。産まれた子どもは魔力が宿っているか調べられ、魔力がないとされた子どもは実験台として殺されてしまったそうだ。

 魔力の有無なんて人間には調べられやしない。奴らは麻紐の先端に円錐型の水晶を括り付け、産まれて間もない赤子をダウジングすることで魔力を判別していたらしい。

 ただの人間になってしまった小オンディーヌにそんなものは生み出せないと連中は知らなかった。可哀想な彼女は二十年、生かされ続けただけじゃなく、産んだ子どもと引き離された挙句、我が子が無為に死んでいくところを見ていることしかできなかった。

 俺があの島を訪ねたときには彼女は死んだあとだった。それまでの理不尽な仕打ちから魔女の呪いを恐れた連中は、彼女の遺骸を聖女に偽装し、礼拝堂の地下霊廟に安置していた。彼女がどんな目に遭ってきたのかを知ったのは、棺と遺骸が残っていたからだ。ミイラのように干からびた彼女はシスターの服を着せられて眠っていたが、空間に満ち満ちた怨嗟の気配と匂いは強烈だった。彼女は死してなお、安らかに眠ってなどいない。住処を奪っただけでなく、姉二人を殺して遺棄し、実験と称した性の捌け口にして子どもを産ませ、産んだ子どものほとんどは殺されてしまった。魔力があると判断されて生き残った一人の子どもも行方知れずだ。家畜同然に繋がれていたから自由もなかった。安らかに眠れるはずもない余生を強要されたんだから、そうだろうな。

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