ヘレンによる本当の話-3

 こうしてアドルフだった俺は死んだ。村から離れた森の中に埋葬されたんだ。村には平和が戻った。

 知っての通り、これで終わりじゃない。村の連中も兵士たちも、誰も知らないだろうがね。俺の墓を暴いた人間がいた。俺を恋慕するアクセルだ。アクセルは三日かけて墓を暴くと、死んだままの俺に縋りついて泣いていた。爪を剥がされ、指を折られる拷問の痕を見て、アクセルの罪をかぶって身代わりになってしまったのだと憐れんでいた。どうやって笑わずに居ようか、そればかりが必死だったよ。俺はアクセルを庇ったつもりなんかない。苦しむ演技はしたが、拷問だって喜んで受けていたのだからね。これほど滑稽なことはなかったし、

 アクセルが墓を暴いてくれたことで、俺は土の中から這い出る苦労をせずに済んだ。その一点に於いては彼を讃えたいと思う。けれど、それだけだ。アクセルにも村にも興味はなくなった。あとは本当のアドルフが近くの村を出る頃合いを見計らうだけだ。

 アクセルは毎日のように俺の墓に通って来たからね。日ごとに身体を腐らせながら、彼が悄然と何かを語りかけていくのを聞き流していた。何を話していたかは覚えていない。覚えていようとも思わなかったからね。

 豊穣の祭りが近づく頃、俺は今日みたいに生首を抱えて、墓参りに来たアクセルを迎えた。彼の驚きようといったらなかったよ。真っ青な顔をして逃げ出したからね。首を繋げてからアクセルを追った。森の中のけもの道を逃げ続けたアクセルは、とうとう腰が抜けたように座り込んでしまった。身代わりで死んだ俺の幽霊でも見たかのような顔をして、可哀想なくらい震えていた。……もちろん、少しも可哀想だとは思わなかった。

 俺はアクセルに訊いた。俺のことが好きだったか、と。アクセルは答えた。化け物。

 所詮、人間なんてこんなものさ。俺が化け物なのは事実だから傷つきもしなかったが、勝手に理想を作り上げては勝手に失望していく。お前もそうだろう、ニール。お前の悲劇を受け止めて同情し、逃げ場所を用意してくれるような家庭教師なんて最初から存在しなかった。俺は俺の欲のためにお前に近づき、お前の理想を演じていただけだ。好かれるのも嫌われるのも簡単さ。理想を演じ、裏切るだけだ。違うかい。

 ──話を戻そう。

 俺は泣き叫ぶアクセルを犯した。シシーやラースに彼がしたように、ときどき乱暴しながらね。逃げようと暴れるから、アクセルはすぐに体力を使い果たして涙を流すだけになった。何度も何度も、腹の中に精液を注いで、これがお前の好きな男の本性だと教え続けた。彼はおもしろいくらいに絶望していた。目の前の現実を否定して、虚ろに遠くを見るような顔をして、俺が飽きるまで犯され続けた。

 アクセルを抱いて深夜の村に侵入し、ヨハン爺さんの納屋で一日を過ごした。大人も子どもも総出になってアクセルを探す中、かくれんぼをするのは楽しかった。アクセルは手を背中で縛って、足は膝を曲げた状態でそれぞれに縛っておいたからね。人が近くを通るたび、見つけて欲しそうに期待した顔をして、裸で縛られた姿を見られるのが恥ずかしそうに赤くなって、轡を噛み締めるのが可愛かった。

 納屋には当然、何度か捜索が入った。けれど、俺は見つからないように細工ができた。魔術とは少し違う。クロノスを介して少しだけ時間と空間を歪めたんだ。見つけてもらったと恥じらいながら喜び、誰にも気づいてもらえずに失望していくアクセルも可愛かった。一度なんか、彼を捜しに来た父親の目の前で犯してやった。轡を外してやったから、アクセルは嗄れた声で自分の存在を訴えていたけれど、父親が気づかないとわかると遂に壊れてしまった。諦めたんだよ。いつかのお前と同じような目をして、生気を失った顔つきになった。ごめんなさいと俺に詫びて、殺して下さいと願った。その通りにした。

 アクセルの屍体はシシーの家の果樹に吊るした。死者を辱めながら夜を明かし、捜索隊が近づく頃合いを見計らって離れた。慟哭の声を聞いたよ。俺が一番、満たされる瞬間だ。

 アクセルの屍体が見つかってすぐ、クロノスとタナトスが撒き散らした呪いが発動して、村は奇病で自滅した。あとは幼かった頃のお前に話した通りだよ。彼らは村という一つの共同体だった。村を維持するためには意見が異なる連中を排除する必要がある──いかにも前時代的な考え方だろう。あの当時はそういう町や村が多かった。外から見たら異様な共同体を維持できた時代、俺が常に満腹で居られた良き時代さ。

 ……本当のアドルフか。彼とも会ったことがある。何せ、旅を長引かせるのに引き留める必要があったからね。ある村に紛れ込んで娘として彼の前に現れ、彼の種をもらった。その種がどうなったかは別の話さ。















【1147 A.D.-了】

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