ヘレンによる本当の話-2

 ラースというのは五歳になる男の子だが、人より少しだけ成長が遅い子だった。目がくりっとしていて、常に頬っぺが赤くてね。他の子らより動きもゆっくりだし、よく粗相するし、しょっちゅう転ぶような子だったけれど、きゃらきゃらとよく笑う愛嬌のある子だった。子どもも大人も関係なく、みんなが成長を見守って手助けしてあげるような子だったんだ。

 成長がゆっくりしているぶん、ラースは勘のいい子だった。俺がシシーに何をしたのか気づいていたのは彼だけだったよ。それでも、俺はラースをどうにかしようと思うことはなかった。ラースは言葉を話せなかったし、いつも夢見がちな顔をした彼が何かを伝えようとしたところで、信じる者なんか居ないとわかっていた。

 シシーの葬儀が終わって何日か経った頃だった。朝からラースの姿が見えないと、彼の母親が半狂乱になって訴え出た。シシーのことがあったばかりだからね。みんなが神経質になっていたのさ。俺も農夫たちと一緒に捜索に加わった。収穫期だから誰もが忙しかったけれど、それどころじゃなかったからね。

 あちこちを探しても見つからない。捜索範囲を広げるかと村に戻って話しているとき──日が傾き始めていたから夕方近くだ──、アクセルが泣きそうな顔をして、遠くから俺を見ていることに気づいた。……そう、結論なんか話すまでもない。

 ラースを攫ったのはアクセルだった。覚えたばかりのハングマンノットを使って、ラースを木に繋いで乱暴したのさ。俺が一度だけアクセルを連れて行ったことのある森の中の開けた場所でね。何をされているか理解できないラースは大声で泣いていた。それはそうだろう。一緒に遊んでくれて兄弟のように育ってきた相手から、いきなり首を縄で括られて殴ったり蹴ったりされれば驚くに決まっている。

 どうしてこんなことをするのかと、俺はアクセルに聞いた。

 性的にも味覚的にも子どもが好きだと言ったって、俺にも好みくらいはある。それに、人間の中でも特に弱い存在であるラースのことを食べたいなんて思ったことはない。自然の中では弱いものから淘汰されていくからね、いずれ死んでしまうものを敢えて食べる気にはならないよ。

 矛盾している──そうかも知れない。子どもだって非力で弱い存在だ。けれど、獣が空腹を満たすのに、獲物が大人か子どもかなんてことは考えない。先も言ったように、人間が仔牛や仔羊を美味だとするのと一緒だ。俺は柔らかくて甘い肉を好む。けれどもラースはこの先、自立して生きていくことが明らかに難しい存在だった。こんな俺でもなけなしの理性はあるからね、満足に抵抗もできないだろう子どもを襲ったところでつまらない。……そう蔑んでくれるな、ができなくなる。

 話が逸れたね。

 俺の問いに、アクセルは顔を真っ赤にして俯いた。どうやら俺は見当違いをしていたようだと気づいた。てっきり、アクセルはシシーのことが好きなんだと思っていたけれど、彼が好きなのはどうやら俺だった。ラースが俺を避けるようになったことに気づいて、シシーを殺したのが誰か知られてしまうのを恐れたようだった。

 彼の歳頃を思うと、それは恋愛感情というよりは憧れのようなものだろう。村の野暮ったい男たちとは違う、都会的で──自分で言うのもなんだが──美しく、更に身分などに拘らない気さくな人柄を演じていたからね。今でいうビルドゥングスロマン的な何かだ。知らない世界に憧れる、こんな自然発生的な感情は否定しようもない。俺には

 泣き喚くラースを宥めてから、男同士の性行為がどんなものかをラースで実演して見せた。……ああ、ニール、違うんだ。挿入はしていない。だからこっちを見ておくれ。

 ラースは行為の意味こそ理解できなかったが、何かとんでもないことをされたのはわかったんだろう。火がついたように泣き出してしまって。宥めようとして無駄に終わり、怒ったアクセルがラースの首を絞めて殺してしまった。そうだよ、ラースを殺したのは俺じゃない。

 弾みだったとはいえ、ラースが死んだことに気づいたアクセルは動揺してね。痙攣を起こしたみたいに震えるから抱きしめて宥めた。先にお帰り、とアクセルを帰して、ラースを性的に暴行されたように見せるために肛門へ太い木の枝を突っ込んだ。長さがあったから腹を突き破ってしまってね。はみ出した腸を少しだけ味見した。それからアクセルの痕跡を隠すようにちょっとだけ殴り蹴りした。あとはヨハン爺さんの納屋に運んでおしまいさ。

 ラースの屍体が見つかると、村はシシーのときよりも騒然とした。ラースの母親はもう気が狂ってしまってね。今にも自殺してしまうんじゃないかと心配して、村の女たちが連れて行ったよ。

 母親がそんな状態だったから、葬儀がなかなかできなくてね。やっと埋葬できたのは九月も終わる頃だった。

 それから間もなく、村には五人の兵士がやって来た。シシーの事件を町に知らせていたから、郡都から派遣されてきた奴らだ。村の人間たちは互いのことを知りすぎるほど知っていたから、当然、疑われたのは俺だった。更に運が悪い──俺にとっては幸運な──ことに、兵士はアドルフの身許を何も知らなかった。某子爵家の嫡男だなんて思わず、彼らは俺に容赦のない尋問をしたよ。もちろん、俺は本物のアドルフじゃなかったし、苦痛を伴う拷問は身体の芯から震えるほど好きだからね。手足の爪を剥がされ、手足の指を折られ、焼け石を踏まされて尚、俺は罪を認めなかった。身体の再生は止めていたから、俺がどんな異常者だろうと、誰もが眉をしかめたくなるほどの有り様になってしまったけどね。尋問も打つ手なしの頃合いを見計らって自供した。

 あの頃は公正な裁判なんてなかったからね。俺が罪を認めた以上、殺人犯は俺だった。確かに殺しもしたのだから、彼らの主張に間違いはないがね。

 後ろ手に縛られて麻袋をかぶせられ、両膝をつかされて首を差し出し、首筋に大鉈の刃が触れた瞬間には射精するかと思うほど悦かった。……待って、ニール、この話ももうすぐ終わりだ。

 俺は斬首された。先ほどお前が見たように、俺の身体から流れ落ちるのは血のような何かだ。俺の意思はどうあれ、クロノスとタナトスは気位が高い奴らだからね。俺の身体が害されると猛烈に怒り出す。首を落とされようが心臓を射抜かれようが、まして頭を吹き飛ばされても死にはしないのに、だ。勝手に呪いを撒き散らすのには困っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る