とある村の記録-1

『その村はL郡内北部の山中に位置する、人口二百有余人の中規模の集落である。周辺には同規模の集落が二つ、郡内でも大きな規模の町が一つあった。

 村の主な産業は耕作と果樹の栽培である。夏は暑く、冬は雪深いという土地柄もあり、村特産の農作物や果実の出来は非常に良く、近隣の町でも評判だった。

 村の住人たちは結束力が強く、皆が家族同然の付き合いをしていた。村の子どもであれば、誰もが一度は襁褓おしめを変えたことがあるという。そのために、村の誰かとの仲が悪くなると、村を出なければならないほどの疎外感を味わうことになると聞く。

 一一四七年の夏の終わり、村に旅人が訪れたという。旅人は近隣の町や村にも数ヶ月ほど逗留していた、有閑階級の青年と思われた。近隣の町や村では、茶色い髪に豊かな髭を蓄えた、洗練された雰囲気の男だと記録されているが、この村に限っては生まれつき白い髪に白い肌の美貌の男だとの報告がある。

 以下、辛うじて生きたまま発見された数人の村人──証言後、程なく皆が病死した──の証言を基に記述する。

 旅人の名はアドルフと言った。首長グスタフの家に逗留にしていたそうだ。

 アドルフは有閑階級にありがちな高飛車で高慢なところは一つもなく、気さくに村人と交流を持ち、子どもたちの面倒もよく見た。閉鎖的な村人も彼の姿を見ているうちに信用するようになり、逗留から三週間も経つと、アドルフは村人に受け入れられるようになった。特に年若い乙女や中年の女性は彼のことをとても気に入り、手仕事に誘っては談笑する姿がよく見られた。

 農夫である村の男たちにとって、アドルフはおもしろくない存在であった。類稀なる美貌だけであればまだしも、日に焼けたことのない白い肌、滑らかな手指は農夫には持ち得ないものだったからだ。しかし、そんなアドルフが力仕事まで手伝うようになると、気さくな人柄の彼は村の男たちにも受け入れられていった。

 一一四七年、九月十六日。十一歳になる少女、シシーの行方がわからなくなる。村の男たち──アドルフも含む──が山狩りまでして捜索しても見つからなかったが、翌十七日の早朝、収穫期を控えた麦畑の真ん中で遺体となって発見される。シシーの遺体は裸で、膣と会陰から男の体液が見つかった。膣には僅かに裂傷があり、処女膜が破られていた。手首には縄で縛られた痕があり、顔や身体を殴った痕もあった。性的に暴行された挙句、首を絞められていた。

 一一四七年、九月二十日。シシーの葬儀が行われ、埋葬される。

 一一四七年、九月二十四日。五歳の男児、ラースの行方がわからなくなる。シシーが亡くなって間もないため、夜を徹して男たちが捜索したものの見つからず、翌二十五日、ヨハン老の納屋にて遺体で発見される。ラースの遺体も裸で、家畜のように麻縄で柱に繋がれていた。肛門に子どもの腕ほどある太さの木の枝が突き刺さり、腹を突き破っていた。身体中に暴行を受けた痕があり、顔などは人相がわからなくなるほど腫れていた。頭皮は剥がれかけ、一部の髪が抜け落ちて禿げていた。

 ラースは成長が遅い子どもで、村の人々に見守られて育っていた。警戒心もないほうだったから、シシーの残酷な事件があっても、声を掛けられてついて行ってしまったのだろうと誰もが口には出さずに思っていた。

 一一四七年、十月二日。ラースの葬儀と埋葬が済んで程なく、近くの町に駐留している兵士が数人、村を訪れた。村で起きた最初の事件の通報がようやく届いたのだった。シシーとラースの遺体の状況、住民たちの証言を基に捕らえられたのは、旅人のアドルフだった。アドルフは村の外の人間で、おまけに子ども好きだった。シシーとラースもよく懐いていたと誰もが記憶していた。

 アドルフは否認した。子どもは好きだが性的にではなく、ましてや余所者の自分を慕ってくれた子どもたちを手に掛けるなんて惨いことはできないと無罪を訴えた。

 しかし、住民たちは村の中で知らないことなどなかった。顔や名前はもちろん、人格、嗜好、誰それの秘密の恋まで、余すことなく知っていた。村には子どもに酷いことができる人間などいないことも熟知していた。知らないのは唯一つ、アドルフのことだけだった。

 アドルフへの取り調べは連日連夜、不眠不休のように続いた。供述を引き出そうと目を覆いたくなるような拷問が繰り返された結果、両手足の爪を剥がれ、全ての指を折られ、焼けた石を踏まされ続けたアドルフは遂に、犯行をした。性的嗜好は五歳から十二歳の子どもにあり、子どもであれば男女問わず性的に興奮し、姦淫しながら嬲り殺す瞬間にしか吐精できないのだと告白した。

 一一四七年、十月十日。村の広場でアドルフの斬首刑が執行された。村の住民たちが遠巻きに見守る中、頭に麻袋を被せられたアドルフは後ろ手に縛られたまま兵士たちに連れられて、広場の真ん中に作られた形ばかりの邢台に膝をついた。懺悔するように頭を垂れたアドルフの首を、兵士長が大鉈で落とした瞬間、人々は歓喜に沸いた。頭を失った身体が痙攣を起こしながら大量の黒い血を地面に撒き散らすと、女たちからは悲鳴が上がり、男たちは総じて息を呑んだ。血痕は染みのように広場の土を汚し、誰もが気味悪そうに眉をしかめた。

 アドルフの頭と首なしの遺体は村から離れた森の中に、墓標もなく埋葬された。村の墓地に埋葬することは誰もが嫌がり、無垢な子どもを無惨に殺した凶悪犯とあって、特に女たちが近くに埋めることを嫌ったためだった。

 一一四七年、十月二十九日。十歳になるアクセルの行方がわからなくなる。月の終わりに控えた豊穣の祭りの準備もあって、先月からの憂鬱な出来事を忘れようとしていた住民たちは冷や水を浴びたように青ざめた。アクセルのことは夜を徹して、男も女も、老人も子どももなく探し続けた。声の限りに名前を呼び、森に分け入り、山狩りまでしたが見つからなかった。

 一一四七年、十月三十一日、豊穣の祭り当日の早朝。アクセルの遺体が果樹園で見つかった。亡くなったシシーの一家の果樹園だった。アクセルは活発なお調子者の男の子で、死んだアドルフに最も懐いていた。』

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