村人の証言の覚え書き-1

 険しい山々に囲まれた村に旅人が来たのは実りの秋を前にした初秋のことだった。近くの町まで歩いて一日はかかるような場所だから、訪ねて来る人など限られているし、皇都に住まう身分の人なんかには村があることなど知られているとは思えない。けれど、村にやって来たのはきちんとした身なりの青年で、自らを旅人だと称したのだからそうなのだろう。

 青年は生まれつきだという真っ白な髪をしていて、肌はどんな乙女より白かった。顔立ちは美しく背丈もある。歳の頃は二十代半ばから後半で、纏う衣服の質の良さから身分ある家の生まれのように思われた。

 この辺りでは見かけたことのない精悍な美丈夫に、村の女どもは警戒しつつも憧れのような眼差しを向けた。野良仕事ばかりで日に焼け、土と汗の匂いが染み付いた貧相で不細工で冴えない農夫なんかより、茶器以上に重たいものを持ったことなどなさそうな美貌の色男のほうが何倍もいいだろう。

 旅人は村の首長に逗留を願い出て、余所者への警戒心も顕わな人々の視線など気にせず、しばらく留まることになった。きっと、持ち金をチラつかせたに違いないと、村の男どもは陰で囁き合った。

 しかし、だ。

 翌日から美丈夫は村を散策しながら老若男女問わず親しげに話しかけ、乙女の代わりに薪を割ったり籠を背負ったり、老夫婦の農具を軽々と担いで家まで運んでやったりと、我々の生活に関わり始めた。当初はそんなことはしなくていいと拒んでいた我々も、彼が振るう鍬にケチをつけたり腰の入れ方を伝えたりと、次第に打ち解けていった。

 青年は特に子どもたちと遊ぶのが得意で、青年に最初に懐いたのは大人たちよりも子どもたちだった。屈託のない彼らは青年と村中を駆け回り、とても楽しかった、また遊びたいと親に話して聞かせるので、我が子によって絆された者も多かった。

 みんなの余所者への警戒心が緩み、青年もすっかり村に馴染み始めた秋のことだった。実りを集めた豊穣の祭りを間近に控え、浮き足立った人々の気持ちに氷水でも浴びせるように、あの事件が起こった。

 十一歳になったばかりのシシーが、収穫期を迎えた麦畑で死体になって見つかった。

 前の晩、一人娘が帰らないと両親が各家を回り、村中が総出で探したにも関わらず、シシーは見つからなかったのだ。それなのに、彼女は麦畑の真ん中で見つかった。全裸で仰向けに倒れていたシシーの身体は見るからに性的な暴行を受けていて、未成熟な膣は裂けていた。手首には縄の痕があり、首にも指の痣が残っていた。

 可哀想なシシー。どんなに恐ろしく、どんなにつらく、どんなに痛かっただろう。年が明けて十二になれば結婚もできる歳頃になったというのに、シシーの両親はどんなに悲しんだだろう。

 シシーの葬儀が一段落し、村中が喪に服した翌日。今度はラースの行方がわからなくなった。ラースは五歳になったばかりの男の子で、人より言葉を話すのが遅く、育ちも他の子と比べるとゆっくりした子どもだった。そんなラースだったし、シシーのことがあったから、彼の両親もみんなも血相を変えて探し回った。日が暮れて夜が更け、松明を手に夜通し探し歩いても、ラースの姿を見つけることはできなかった。

 深い霧が出るほど冷え込んだ明け方、ラースは村の外れにある納屋の中で見つかった。納屋の持ち主であるヨハン爺さんが見つけたのだった。

 ラースは麻縄を首輪の代わりにして柱に繋がれ、シシーのように裸で倒れていた。ラースの腕と変わらない太さの木の枝が肛門に突き刺さり、たくさんの血が流れていた。全身を殴られ蹴られしたかのような痣が無数にあって、幼くあどけない顔は何倍にも腫れ上がり、ラースの面影は全くなかった。淡い金の髪は一部が禿げていて、そこからも血が滲んでいた。

 こんな恐ろしいことを、まだたった五歳のラースに味わわせる奴の気が知れない。村中で成長を見守るような、可愛い可愛い男の子だった。腫れ上がったラースの顔には乾いた精液がついていて、ラースの母親はそれで気をおかしくしてしまった。無理もないことだとみんなが思い、みんなが嘆いた。

 村は誰もが顔見知りで、名前も顔も家族構成も、親戚縁者まで知り尽くしたような関係だった。村の中で二人に対してこんなに酷いことをできる人間が居ようはずもない。居るとするなら外からやって来た旅人に違いないと、みんな、話し合うこともなく思っていた。

 村の子ども殺しの事件を聞きつけて町から兵士がやって来たのは、ラースの葬儀が終わって少し経った頃だった。

 隣人を疑う理由なんかない。みんなが口々に旅人が犯人に違いないと証言したことで、首長の家に逗留していた青年が兵士に逮捕された。

 彼は当初、自分は無実だと主張していたらしい。子どもは好きだが性的な目で見たことはないし、あんな惨いことなど出来るはずもない。シシーもラースも彼によく懐いていたから警戒することもなく簡単に殺せたはずだと尋問されて、容赦ない拷問に掛けられながらも、彼は無実を訴え続けていた。けれど、不眠不休、飲まず食わずで味わわされる拷問の苦痛は彼を追い詰め、遂に、。彼が耐えがたい拷問から逃れるには、それしかなかった。

 こうして、旅人は村の広場で斬首されることになった。絞首ではしくじることもある、確実なほうがいいと男どもが訴えたからだった。

 拷問の痕も消えない青年を広場に駆り出して跪かせた兵士たちは、斬首用の大鉈で彼の首を斬り落とした。麻袋に入った頭が鈍い音を立てて地面に転がると、青年の首から真っ黒な血がびゅうびゅうと噴き出して、村の広場を黒く染め上げた。誰も、声を上げられなかった。それはまるで呪いか何かのように見えたのだ。

 旅人の遺骸は村から離れた森の中に埋葬された。悍ましい罪人が近くで眠っているなんて考えたくもないと、女どもが主張したからだった。

 豊穣の祭りが近づいてくる。みんな、事件のことを忘れようとして準備に勤しんでいる。

 祭りまであと二日と迫った日のことだった。村で一番といえるほど活発な男の子のアクセルの姿が見えなくなった。アクセルは祭りの日に十歳を迎える予定だった。みんな、シシーとラースの事件を思い出していた。忘れようとしていた嫌な出来事を決して忘れさせはしないと、斬首された旅人の首のない死体が佇んで見張っているのではないかと、みんなが戦慄していた。

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