司教アタナシウスの記憶-3

 しかし、私の人生は最初から最後まで、或いは生まれ持った性癖さえ間違いだらけだったようだ。

 私の部屋に括り付けたシオンとは、朝と晩の二回、目交った。私が腸内に精液を吐き出すたび、幻覚作用のある植物の茎を一本、尿道に足した。芯を持っても刺激されず、まして異物で満足に吐精もできない陰茎をか弱く震えさせながら、シオンは轡を噛んだまま、何度か私に泣いて見せた。次第に赤く腫れてきたように思うそれを私が無視するたび、高飛車だったシオンがさめざめと涙を流す様子が愉しくて仕方なかった。

 信徒たちからシオンを取り上げ、荒野に放逐したと嘘を吐いた報いが、私に牙を剥いた。

 主日を前にした夜は明け方までシオンを弄ぶのが日課になった頃、朝早くに寝所を信徒たちが襲った。倦怠が抜け切らぬ私はすぐに暴徒と化した修道士に押さえつけられ、寝台に繋がれたシオンは解放された。怖かったと泣き出すシオンは直ぐさま何処かに連れて行かれ、私は部屋に残った彼らから執拗に暴行を受けた。顔が腫れ、全身も熱を持って痛む。そのうち誰かが縄を持って来いと叫び、縛られるのかと固まっていると、持ち込まれた麻縄は私の首にかかった。

 嫌な予感がした。

 力強く肩を掴まれて立たされた。歩け、と怒鳴りつける修道士たちから逃げることもできず、中庭まで強制的に歩かされた。歩みを止めると首の縄が引かれて絞められた。死にたくなかったら歩けと脅されながら、長い時間をかけて中庭に出た。

 中庭で最も太い木の枝に、首にかかった麻縄の反対側の端が掛けられる。ここまで来れば自分の末路を想像するのは容易かった。

 意味もなく空を見上げた。今日も暑くなりそうな青空だった。日差しが眩しい。目の奥が痛んで涙が出て来る。

 私は自分で思うよりも更に愚かだった。愚かで傲慢な人生が終わろうとしている。

 信徒たちが口々に何かを叫んでいた。私はもう、彼らの言葉を理解する気力も残っていなかった。

 首に掛かる縄がぐいと上方に引かれる。私の身体は左右二人の修道士に支えられ、ゆっくり、ゆっくりと足が地面を離れた。首に掛かる縄が自重で食い込む。息が出来ないと藻掻く。私が暴れたせいで安定を失った縄は一度、大きく撓み、私は地面に叩きつけられた。暴れるなと両手を背中で括られてから、再び、縄が引かれた。

 私の身体は首を支点に再び上昇をする。地面に落ちた際の痛みが残って暴れることもできないのに、左右の道士たちは容赦なく私の身体に爪を立てた。

 主が、私に死を与え給う。

 再び、足がゆっくりと地面を離れる。辛うじて届いていた爪先が浮き上がると、全ての体重は首に掛かる。背中で括られた腕では藻掻くこともできない。首の骨が折れたら一瞬で終わるだろう苦しみが、私を罰するように続く。

 神に与えられた試練を乗り越えられなかったのだ。私の生涯は、生まれ持った傲慢と性癖に向き合うために尽くすべきだったのに、私はそれらに溺れ、悪魔の化身まで呼び込んでしまった。

 ヨセフ、君は間違っていなかった。ヨセフ、君だけが私を知って、信じていてくれた。冴えない風貌と痩せぎすの身体を蔑んでいたけれど、君だけは、傲慢で愚かな私を愛してくれていた。

 嗚呼、長い走馬灯が終わろうとしている。私は遂に死ぬのだ。白い悪魔が恍惚と微笑んでいる気がする。私から全てを奪い去り、貪り尽くした暴食の悪魔。私はこれから地獄の門へ逝くだろう。そうしてそこで、この罪を贖おう。














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