司教アタナシウスの記憶-2

 ヨハネの次に狙われたのは堅物で知られたマタイだった。

 シオンは自分が強姦される現場をマタイに見せつけ、自我を喪失したように振る舞って助け出させた。酷い目に遭って震える弱い子どもを演じて寄り添わせてから、私を見つめた金の瞳でマタイに迫り、男の本能を強制的に刺激したあと、血のような色をした愛液で濡れそぼる秘部に導いて達することの悦さを教えた。

 それらは、私の目前で行われた行為だ。

 暗示に掛かって虚ろな顔をするマタイと、彼に犯されて悦ぶシオンの姿に嫉妬し、昂奮していた。殊に、シオンはマタイとの行為を私のものと比べては私を貶すから、私は屈辱に震えながらも従順に背中で腕を組み、これまでにないほど硬く張り詰める陰茎から体液を垂れ流したまま、正気に戻ったマタイが何事もなかったかのようにシオンに寄り添うまでを見ていた。

 マタイを思い通りにするのに暗示は欠かせなかった。彼の意思はあまりに強く、神を信じて祈る気持ちも誰より揺るぎないものだったこともあり、シオンは都度、マタイの目を見つめる必要があった。

 暗示を掛けられたマタイは、囚われのヨハネの両目を突いた。寝込むヨハネの傷口に肥溜めの泥を塗りつけたのもマタイだ。暗示が解かれたマタイは、ヨハネの死を酷く悼んでいた。自らが手にかけたも同然であることなど、露ほども知らず。

 暗示に掛かっている間の記憶はマタイに残らないのだという。何をさせても記憶がないのでは意味がないと私は言ったが、シオンはただただ笑うばかりで、問いに答えることはなかった。私のように自らの欲望ばかりを信じ、簡単に堕ちて意のままに操ることの出来る人間より、決して揺るがず屈しないマタイのような人間こそが、シオンの興味を引くのは当たり前のことだった。どう転んでもマタイのようになることが出来ぬ私には、彼を羨み、嫉むなど烏滸がましい。

 マタイの次には別の修道士が、そのまた次には別の修道士が、魔性に触れて狂っていった。神の道に生きると決めた者たちを誑かし、唆し、シオンは修道院を色狂いが犇めく酒池肉林に変えていった。それは最も、私への神罰に相応しい。みだりな行為が何よりも好きな私だからこそ、色欲に染まり、それ故に嫉妬し、自分を見失って混沌に飲まれては院を去る背中を見送り続けることこそが、私を失楽園ロストエデンさせる唯一の方法だった。

 私は強欲で、傲慢だった。故に、孤独を知らずに生きてきた。他人に失望されることなどないと思っていた私から、シオンは私を慕っていたはずの全てを奪っていこうとした。

 シオンが私の前に現れ、院で生活するようになってから一年が過ぎ、二年目となる春のことだった。遂に、ヨセフが私に歯向かい、糾弾した。シオンは悪魔だ、魔性だ、皆が狂ったのはシオンが来たからだ、だから今すぐに追放すべきだと訴えるヨセフに、今更だと思った自分を否めなかった。

 この屋根の下に悪魔を引き入れてしまったのは私もお前も同罪だ。私ばかりが責められることではない。ヨセフ、お前は私がシオンばかりを寵愛するから嫉妬しているのだ。いつかのように寝所を夜這い、私に跨って自ら挿入するならいつでも受け入れる。お前の緩い孔では果てることは叶わないだろうがな。

 そのようなことを私はヨセフに言ったと思う。淡々と、感情を乱すこともなく告げたことは覚えている。ヨセフの顔色は青から紫に変わり、怒りと屈辱と嫉妬、それから何かわからぬ感情でワナワナと震えながら、私の意思はわかったと告げて背を向けた。

 私を盲信するヨセフのことだから、きっと、私に触れる機会さえ与えてやれば落ち着くものだと思っていた。私はそれほどまで自らに驕り、落ちぶれていた。

 司祭出奔と聞かされたときには愕然とした。ここで繰り広げられる酒池肉林が白日の下に晒され、院長である私は非難の的になる。あの病は治っていなかったのだと聖都で裁かれ、私ごときを信じてくれた先代司教の顔に泥を塗り、破門されることになるだろう。破門されたあとのことを思うと、私は途方に暮れてしまった。実家は私が出たあとに産まれた妹の夫が継いでいたし、戻ったところで私の悪行は知れ渡っている。厳格な両親が手放しで迎え入れるはずもない。

 道士たちとシオンが礼拝堂で日課の祈りを捧げている中、私は祭壇から立ち上がり、真っ直ぐシオンへと歩み寄った。誰もが唖然として私を見つめる中、シオンの前に立ち、道士を誘惑して姦淫しようとした悪魔の化身だと糾弾した。相変わらず細い腕を掴んで引っ張り、私の寝所に連れ込んだ。信徒たちの前では怯えた顔をしていたシオンは、二人きりになると途端に本性を顕わす。率先して寝台に上がり、四つ這いになって挑発するように尻を掲げ、もったいぶるように貫頭衣の裾をゆっくりとたくし上げる。

「そろそろ此処が恋しい頃だね」と、シオンは物欲しそうな目をして私に言った。つい昨夜も信徒たちと交わっていた場所を下品に指で開いて示し、「ボクがいいと言うまでこれで根元を縛るなら挿れてもいいよ」私に貫頭衣の腰紐を投げた。シオンは暗に、私が早漏だと見下げたのだ。若い信徒に比べたら年齢的な衰えもある。奔放なシオンを満足させるには至らないことには気づいていた。しかし、この淫魔はもう、私の手の中だ。

 何をどうしたのか、詳しいことは覚えていない。猛烈に猛った気持ちのまま、余裕たっぷりな子どもを襲い、力の限りに容赦なく暴行したことだけは朧げに記憶している。

 シオンは私の寝台に仰向けで手足を繋いだ。布を細く裂いて撚り合わせた紐だから、強度は充分にある。少し暴れたところでびくともしない。シオンはそれがどうしたとばかりに笑っていた。暴行されたばかりのアヌスから精液を垂れ流しながら、私の行動が愉快だとでも言うように笑う。幻覚作用のある植物の茎を用意しておいて正解だった。果たしてこれ自体に強い作用があるかどうかは未検証だったが、私が子どもの未熟な陰茎を押さえつけ、皮をめくって尿道を露出させると、さすがのシオンも何をされるか気づいたようだった。真っ青になって泣き出した。

 私の機嫌を取るには遅すぎた。私は植物の茎を一息にシオンの尿道に詰め、泣き叫ぶ子どもに轡を噛ませると、日常の聖務に戻った。

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