第38話 両親の望み

 17年前―


「殿下! 王妃様のご容態が…。」

「なんとかせよ!!!なんとしても二人とも無事に!」


 宮中では跡継ぎ誕生を前に皆が慌ただしく動いている。

ミレーヌ王妃の出産には万全を期していたが、出産が早まったためと時間がかかり過ぎていたため、母体も状態が芳しくない。

激しい陣痛で気を失いかけながらも、呼吸を整え産婆の声に合わせて腹に力をこめる。

何度かいきむうちにふと痛みが和らぐような感覚がしたかと思うと、待ち望んだ声をを聞く。それは力強く部屋中に響き渡っている。


「お生まれです。元気な王子殿下ですよ。」

「あぁ…、なんて…可愛らしい……

うぅっ…!」


 ミレーヌは再び強い痛みに襲われる…、同時に産婆と医師たちの動きがさらに慌ただしくなっていく。


「もう一人!!!」


「王妃様!気を失わぬよう!もうひと頑張りですぞ!!」


 もう一人⁈ ――双子…! 気は遠くなり体力も残っていない…しかしやり遂げねばならない…ただその思いが王妃の意識を繋ぎ止めていた。


 もう…、何も感じない…。周りにもやがかかったようだ…誰かが何かを言っているが聞き取れない…。


「…私の…赤ちゃんは?…」

「…!―…王妃様!美しい姫君ですよ…!」


「…なん…て…美しい子達……まるで…太陽ソロと…ルナ…。」


王妃の目にはもう何も写ってはいない…、ただ光が…愛おしい大きな光……。


「ミレーヌ!!!…ミレーヌ…!…」


 この声は王妃に届くことなく…ただ部屋中に響き、かすれて消えていく。

しばらくして、医師がアルフォンドのもとに二人の赤子を連れて来た、美しい双子だった。しかし、喜びを分かち合うはずの愛する妻の声はもう聞けない…。

アルフォンドはただただ立ち尽くすだけだった。



「殿下、双子は災いをもたらすと…、しかも、このように…」

「…到底長生きするとは思えんな…。」

「一人だけだったなら…、ミレーヌ王妃は助かったのでは?」


臣下たちの様々な声が耳に入ってくる。


――煩わしい…!!!


 もう、やめてくれ…!

私はただ…愛するミレーヌの側にいたいだけなのだ!

誰も邪魔をするな!!! 頭が割れそうだ。このまま狂ってしまうのか。

そんな中、馴染みのある声が耳元で囁く。


「…ヴォーグルか…すまぬ…ここにいさせてくれ…。」

「承知いたしました。…しかし…臣下の者たちが騒ぎ始めております。」


「…あぁ…、どうでもいいだろう!すておけ!!」


 あれだけの苦痛に耐え、命と引き換えに産まれた双子。 

ミレーヌの顔がこんなに穏やかなのはこの双子と会えて幸せだったからだ、幸福の中逝ったのだ。その子らを一体どうしたいと言うのだ!!


 スヤスヤと眠る双子。 

王子は黒い髪に力強い顔立ち、目を開けるとその瞳は金色に輝いている…それはまさに太陽ソロ! 

姫のほうは髪も肌も白く…こんなに儚いものは見たことがない…目はまだ開いていない、静かにとても微弱に存在していて、漆黒の夜空に静かに輝くルナだのようだ。


「…ヴォーグルよ、この色は病か? 治す方法は見つかるか?」

「申し訳ございません…。この様な例は見たことがありません…、しかしながら…、

ここに置いておくのは酷かと…。」

「…分かっている…。」


「…お前が我が愛しき妻の命繋げてくれるか?」

「はっ…、我が命尽きるまで…姫君が穏やかに育つようお守りしましょう。病であれば治しましょう。」

「お前には酷な仕事だ、済まぬな…。」


 ヴォーグルの顔はもう覚悟を決めている。少し声を大きくしながら続ける。


「国王殿下、せめて姫君にお名前を頂けぬでしょうか?墓標に刻みましょう…。」

「そうだな…、美しい姫よ…この名を持って母の元へ行くと良い…」


 ヴォーグルの耳元でそっと名前を告げる。


 アルフォンドは姫の額にそっとキスをする。

するとカレデニーナは目を開けた。

白いまつげにふちどられたその瞳は灰色のなかに深い緑色を落とした様な…まさに月!

グッとくるものを抑えて、カレデニーナをヴォーグルに託す。

二人に背を向けアルデンセナを抱き上げる。


「我が子、アルデンセナ・ソロ・ファンデーヌ!!次期国王はここに誕生した!」


 そこにいた者すべてがその知らせに歓喜した。


 そして、美しき姫を抱いてヴォーグルはその夜姿を消した。





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