第20話 静寂の村!

「起きなさい、フェイン」

 オレを揺すり起こしたのはモネアだった。


「う〜ん、あと五分だけ」

「アンタそれやって13,700,000,000年寝たでしょ? 知ってるわよ」

「今回は本気だから……」


「そもそもアンタの能力、自分の眠気制御できるんでしょ? 起きないと首輪で『恥ずかしい命令』下すわよ?」

「…………例えば?」

「『自分の消したい過去を喋──』」


 オレは立ち上がり、窓辺で囀る小鳥たちに挨拶した。

「Buon giorno.元気かい? 小鳥さんたち」

 そして、花瓶に咲いた一輪の花にキスをする。


「まさに今、消したい過去を生産してるーッッ!?」


 モネアはオレの首輪を掴み、窓辺から引き離す。

「恥ずかしいことするのは止めなさい! これも国民の義務だから」


「スッカリ目が覚めたぜ。で、そんなに慌ててどうしたんだ? モネア」

「相変わらずキモくて安心するわね、アンタ。街は変わり果てているって言うのに……」

「街が変わり果ててる?」


 オレは壁にかけてあった青いローブを羽織り、部屋の外に飛び出した。

「ノクシアさん、おはようございまーす! 泊まらせてくれてありがとうございます〜!」


 って、一切人気が無い。

 奥の研究室からも音が聞こえないな。

 買い物か?


 オレは何となく玄関を出た。

 けれど──


 街には静寂が漂う。

 温泉街には昨日みたいな喧騒は無い。

 ただ、湯が流れる音だけが町に響いていた。


 ん?

 何だこの違和感は。

 朝早過ぎて、みんな眠ったままなんじゃねェのか?


「気付いたようね、フェイン」

 オレの隣に立つモネア。

 そして彼女は、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめる。


「ああ、完全に気付いたぜ」

「案外やるわね、フェイン。キモいだけじゃないって見直したわ」


 え?

 気付いたって何のことだろ?

 ネイル変えたとか前髪短くしたとかか?

 いや、異世界的に言えば──

 装備変えたとか呪文の詠唱短縮したとかか?


「あ、えーっと、鎧新調したか? かわいくなってるよな」

「絶対気付いてねェーッッ!」


 モネアは呆れた様子で町を指差す。

「いないのよ、大人が。一人もいない」

「ンなバカな。この世界じゃ、魔法を使えばそんなこともできるのか?」

「その可能性、限りなく低いわ。けど、あるいは──」

 モネアは口元に手を当て、思考を巡らせる。


「魔物なら、可能かもしれない。魔王の手先である、魔族たちなら」

「魔物? 魔王を眠らせても、人間に敵対するヤツはいるワケか」

「ええ。むしろ、魔王を目覚めさせるために躍起になってるとも解釈できるわね」


 目覚めさせるため躍起に?

 それじゃ、オレが被害を悪化させたってことじゃねェか……!

 しまったな。

 良かれと思ってやったが、迷惑をかけてしまうとは……。


「マジに考えなくていい。何もアンタのせいじゃないわ。魔王が目覚めれば、遅かれ早かれ別の問題が起きたハズよ。だから──」

 モネアはオレの肩を小突く。


「安心しなさい。『平和に過ごすこと』それは国民の義務よ」

「ありがとうな、モネア」


 ふと、その時──

 脳裏に浮かぶイヤな予感。


「ラナ……! ラナはどこだ? まさか──」

 オレの言葉を聞き、言いづらそうに目を伏せるモネア。

 まさか……!


 ラナも魔物に連れ去られた?

 だとしたらオレのミスだ!

 あの夜、森で『オレが全部守る』って宣言しておきながら!

 これも全部、オレが彼女を旅に巻き込んだからだ!

 ラナ……!

 すると、


 通りの向こうから歩いてきた、ラナが、

 満面の笑みで。


「いい温泉でした〜! フェインさんもどうです?」

「この状況で温泉エンジョイしてるーッッ!」


 嘘だろお前!

 完全に温泉旅行気分だろ!


「ででで、でもでも、ちゃんと有益な情報手に入れて来たんですよ!」

 ラナは自分の傍ら、ゆっくりと歩く獣を指差した。


 それは、巨大な狼だった。

 灰色の毛並み。丸太ほどの太さの手足。

 こんなのが街を歩いてたら、きっとモネアだって怖さで失禁してしまうだろう。


「今、マジで失礼なこと考えなかった?」

「…………」

 何で分かるんだよ、こわ。


 とにかく、特筆すべきはその狼が、『とんがり帽子』を被っていることだろう。

 まるで、『ノクシアの帽子』のような。


 まさか……でも、あるのか?

 『そんなこと』って。

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