第19話 拗ねた幼魔術師!

 ぐすぐす。

 扉の向こうからは泣き声が聞こえてくる。

 アウローリアだ。

 彼女の声はとてもか細く、耳を傾けないと聞き逃してしまいそうだった。


 扉の隙間から光は漏れていない。

 この廊下を照らすのは、窓から覗く月の光だけだ。

 けど、この暗がりを照らすには、不十分に感じた。


 アイツ、蝋燭も付けずに、真っ暗闇の中で泣いてるんだな。

 それもそうか。

 親が自分の意見を聞いてくれないんだもんな。

 だから、不信感が募っていった、

 『アンタに拾われなきゃよかった』とまで言うほどに。


「そこにいるんでしょ? 変態男。また誘拐しにきた?」

 扉の向こう、アウローリアから声がかけられた、なんてこと無い様子で。

 『別に泣いてません』とでも言いたげに。


「ああ、そうだぜ。オレはお前を誘拐しに来たんだ」

 扉の前に座り、オレはおどけながら答える。

「どうだ? 誘拐される気はあるか?」

「バカ発見ね。あるわけないでしょ、そんな気」


「へえ、つまりお前は、『この家で暮らし続けたい』って思ってるワケだ。『拾われなきゃよかった』なんて、ノクシアを拒絶したクセに」

「ッッ……!」


 すると──

 ドン。

 という壁を殴る音が、返事の代わりに聞こえてきた。


「うるさいのッ、いちいち! 別に、『変態男に誘拐されるのが嫌』ってだけ。こんな家、自立したらすぐにでも──」

「なら尚更、早く寝た方が良いんじゃねェか?」


「ハァ?」

「だってそうだろ? この世界じゃ睡眠時間は肉体の強さだ。なら、さっさと自立して家を離れるためにも、睡眠値レベルを上げた方が良い」


「う、うるさい! 大人はそうやって煙に巻く! アウは寝たくないの! なのに、自立するために寝るなんて、おかしい!」

 どかどかと何かを蹴る音。

 オレにムカつき過ぎて、枕にでも八つ当たりしてるのかもな。

 でも、

 それでいい。


 話を聞いた感じ、アウローリアとノクシアの血は繋がってない。

 けど、それって『二人が家族であること』とは矛盾しないよな。


 親を憎んで酷い言葉が出てくるくらいなら、オレを憎んでくれ、アウローリア。

 だってオレは、『空気読めない』なんてレッテル貼られたクソ野郎なんだから。

 今更誰かに罵倒されたって、傷なんて付きはしないからな。


「イラつく。論破されるなんて、こんな──体調管理ミスって死にそうな見た目の雑魚オスに……」

「フ〜……」


 オレは扉をブチ破った。


 弾け飛んだ金具は、彼女のこめかみを掠める。

 気づくとオレは、ロリの部屋に侵入していた。


「ハァっ? ななな、何勝手に入って来てんの? おおお、お母さん呼ぶよ?」

「お前が『夜更かししたい』って言ったんだろ? いいぜ、思う存分『夜更かし』させてやるよ! 大人の説教二十四時間コースだ」


 まず、不謹慎ネタで他人をからかっちゃいけないってところから──

 瞬間──


 背後から捕まれる首輪。

 そして、

「マジで引いたわ。『アウローリアを脅かすのを直ちに止めなさい』これは命令」

 モネアはオレの体を引っ張り上げた。


「首絞まるって! オイオイ、何やってんだよ」

「絞めてんのよ!」

「堂々と刑法第43条違反宣言不謹慎ネタ!?」

「私の民に心の傷負わせないで! 国外追放するわよ? マジで」

「心の傷抉られた方も、情状酌量の余地あるだろ……」


「とにかく、安心してね、アウローリアちゃん。今日はもう、この男貴女に近寄らせないから」

 モネアは精一杯の笑顔を作り、ロリに話しかける。

 その笑顔をもっとオレに向けてくれよ。


「別にいいわ。今日のところはこれで寝てあげる。寝ないと、『変態男に侵入されちゃう』し」

 アウローリアは大きく、オレに聞こえるようため息を吐く。


 確かに、変態男に侵入されるのは危険だもんな。

「じゃあ、よく眠れる『おまじない』してやるよ」

 オレは右手でロリの手を取る。

 そして──


 喪神オネイロス右手ライト

 どくどくと力を流し込んだ。


「あれ? 変態男、何して…………」

 不意に、力が抜け膝から崩れ落ちるアウローリア。

 彼女の体を抱き止め、オレはそのままベッドまで運んだ。

 刹那──


「明日は、謝れるといいな……お母さんに……」

 アウローリアの口から零れ落ちる小さな言葉。

 それは小さいけれど、輝く宝石みたいな言葉だった、

 この廊下の暗がりを照らすには充分なほど。


「きっと謝れるさ。おやすみ、アウローリア」

 オレたちは彼女の部屋を後にした。


 これで夜更かし癖が治るといいんだけどな。

 まあ、ひとまずは祈るか、

 親子が仲直りする未来を。


 そう、

 思っていたのに──


 夜が明けると、


 アウローリアの母・ノクシアの姿は、

 家から消えていた。

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