夜更かしの幼魔術師
第15話 幼き日の夢!
あの日──私が一年ぶりに怪物と化した時、
私は夢を見ていた。
まだ姫騎士じゃなかった、幼い頃──
ただのモネアだった頃の夢を。
「どうして寝なきゃいけないのッ?」
天蓋付きの寝台の上、私は毛布を蹴る。
「まだまだ、やりたいこといっぱいあるのに! 寝たら今日が終わっちゃうのに!」
「姫様、お願いします〜! 寝なきゃ体に悪いです!」
「私の代わりに貴女が寝なさい!」
「はい。では──」
侍女は私の隣に寝転がる。
すやすやと寝息を立ててるわ。
寝入りがいいのね、この子。
って──
「マジでやってる? いや、それで済む話ならいいけど」
私は大きくため息を吐く。
「でもやっぱりイヤね、自分の寝台で他人が寝るのは」
寝転がる次女を私は追い出した。
世の中っておかしいわッ!
こんなにも楽しいことで溢れてるのに、日が暮れたら眠らなきゃいけないなんて!
大人はもっと夜遅くまで起きてるって私知ってるのに!
どうして子どもだけ?
眠っちゃったら、朝はどたばた忙しくしなきゃいけない。
お着替えやお顔洗うのは侍女がやってくれるけどさ。
でも、今日はこの勉強だとかあの勉強だとか──
朝になれば、色んな大人が私に面倒を押し付けてくる。
それが毎日!
マジでうんざりだわ!
私だって、同じ年頃の民草みたいに、お外で冒険したいのにッ!
「姫様。きっと国王様も、姫様が早く寝ることを望んでいますよ」
「お父さんが? お父さんなんて、全然私と遊んでくれないじゃない!」
「それは、国王様がいつも多忙だから──」
「関係無いわッ!」
お父さんが忙しいのは知ってる。
確か、『歴代でも最も勤勉な王(?)』だとか……。
でも、それって娘の私に何が関係あるの?
私が望んでいるのは、『いつも一緒にいてくれるお父さん』なのにッ!
同年代の子は、みんな親と楽しく遊んでる!
なのに、どうして私だけ!
その時──
「ここに暴れん坊のお姫様がいると聞いたが?」
私の寝室のドアは、ノックも無しに開けられた。
凛々しい眉。荒々しくも整った顎髭。無造作な輪郭の緑色の髪。そして、
身に纏うのは、煌びやかな装飾の衣と王冠。
モンストグォルスクの王──私のお父さんが立っていた。
「お父さん!」
「モネア。お前、どうやら寝たくないらしいなあ?」
「だって!」
「なら、お父さんがお前を眠りたくさせてやる」
私の言葉なんてお構い無しに、お父さんは私をベッドに運び込む。
そして、一冊の本を取り出した。
「冒険し足りないんなら、疲れて眠くなるほどの冒険を読み聞かせてやるよ、モネア」
「そんなの、代わりにならないのにッ!」
けれど、お父さんが持ってきた本は、私にとってとても魅力的だった。
私の知らない世界の話。
破天荒な旅人が、火山で砂漠で大海原で、色んな冒険をする話だった。
色んな場所で、色んな人の心に寄り添う旅人。
私は、彼の冒険に夢中だった!
「──すると、海の上で旅人の船は嵐に巻き込まれた。浸水していく船。そして──」
お父さんは、優しい声色で私に読み聞かせる。
「沈没寸前じゃない! え、それじゃあ、旅人はどうなっちゃうの? 海の向こうまで運ばなきゃいけない宝物は……?」
「それはだな……」
ページをめくるお父さん。
色んな困難を乗り越えてきた旅人だもん!
きっと、とんでもない方法で解決してくれるんだ!
一体、どんな夢を見せてくれるんだろう?
私は心臓を高鳴らせ、息を止めて次の言葉を待った。
「旅人は凄腕の魚屋になりました。おしまい」
「話ぶん投げられてるーッッ!」
嘘でしょ? 私の期待と興奮は……?
なんだか眩暈がしてきたわ。
「悪いな、モネア。どうやらこの本、ページが抜け落ちてるみたいだ」
「なら、ちゃんとした本を持ってきてよ!」
「お前、続きが気になるのか?」
「そうよ! 悪い?」
「なら──」
本を閉じ、お父さんは立ち上がる。
「明日の夜までに続きを用意してやるよ」
「ええ?」
「それまで、旅人がどうなるか、目を瞑って考えてみるんだな!」
ニヤリ。
意味深に笑うと、お父さんは私の部屋を出ていった。
なんか、お父さんに従うのはムカつく!
けど──
旅人はあの後どうなったんだろう?
そんなことを考えていたら、いつの間にか朝になっていた。
あ〜、続き気になる!
けど、夜にならなきゃ分からないし……。
私はその日から、
眠るのが楽しみになった。
お話の続きは、寝る前にならないと読んでもらえないから。
それ以上に──
忙しいお父さんが、私のために読み聞かせをしに来てくれる。
それだけでうれしかった。
なのに──
数年後、私は呪いにかかった、
眠ると怪物になる呪いに。
私が眠り怪物になったことで、父を殺してしまった、
私を心地よく寝かしつけてくれた父を。
だから、
眠らずに姫騎士として尽力することが、私にとっての償い──
そう思っていた。
あの空気読めない男、フェインと出会うまでは。
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