第10話 眠らない獅子と眠れる姫騎士!
そこはむしろ、森と言うよりは山の一部だった。
大小様々な木々。トゲトゲした葉っぱ。地面に積み重なった枯葉。まばらに落ちた木の実。
静かな月の光だけが、木々を照らしていた。
明らかに、街のヤツらは立ち入ってないような雰囲気だ。
ここから先は怪物のテリトリー。
慎重かつ素早く追跡しなきゃな、姫騎士を攫ったマンティコアを……!
「こここ、怖いですね」
ラナは不安げに、オレのマントを掴む。
「姫騎士さまが心配か?」
「はい。国王夫妻が失踪した時、民はとても動揺しました。きっと、姫騎士様が消えたら、今度はどうなるか……」
確かにそうだよな。
国王を失った民にとって、姫騎士モネアは彼等を支える唯一の存在。
けど、そのモネアに何かあれば、民の心は折れてしまうかもしれない。
オレも社畜だった頃、唯一信頼していた上司が退職した時は絶望しかなかったからな。
けど、
「きっと大丈夫だ、ラナ」
オレは握った、マントを掴む彼女の手を。
「姫騎士さまだって強いんだろ? それに、獣は姫騎士を連れ去った。喰う以外に何か目的があるんじゃないか?」
「あああ、ありがとうございます。フェイン様」
オレの手を握り返すラナ。
高い身長のわりには小さな手だ。
けれど、その手のひらにはマメができている。
きっと、慣れない槍術とかをがんばって学んだんだろうな。
自分の家族を養うため、仕事をくれた姫騎士さまの期待に応えるため──
まだ中学生くらいの歳だろうに。
世間一般から見れば、それは立派なことかもしれない。
けど、
こんな歳のガキはヤンなくていいんだ、
労働なんて。
労働のクソさはオレが充分知ってる。
だからこそ、ガキはガキらしく、大人になるまでは健やかな時間を過ごしてほしいんだ。
現状、この場でコイツを守ってやれるのはオレだけ。
なら、当然だよな。
「ラナ、オレの
「えええ、急に自慢ですか? 勇者ってこういうの謙遜するやつですよねッ?」
「だから心配すんなって言ってんだ。どんなことが起ころうと、全部解決できるさ」
「フェインさん」
ラナは安心した表情で、こちらを見つめ返した。
その時──
木々の向こう、聞こえてくる奇妙な鳴き声。
獣の声っぽくもあるし、人の声っぽくもある。
怒っているようにも、悲しんでいるようにも聞こえる声だ。
オレは、息を潜めそれの様子を木の陰から伺った。
獅子の体。蝙蝠の翼。蠍の尾。
体毛に付いた小さな瓦礫は、魔王城の装いと似ている。
天を突くほどの大樹──
その根元の洞穴で、あの時のマンティコア眠っていた。
ようやく見つけたぜ。
けど、姫騎士さまはどこだ?
あの洞穴の奥か?
オレは身を乗り出し、大樹の根元に目を凝らす。
その刹那──
蠢くマンティコアの輪郭。
沸騰する液体のように、怪物の体はボゴボゴと波打ち始めた。
そして、怪物はどんどん縮んでいく。
まるで空気の抜けた風船だ。
何だ?
何が起きている?
慌てて木の影から飛び出し、オレはマンティコアに対峙した。
マンティコアの輪郭は、次第に人の形を取り──
黒と緑の体毛は、泥のように地面へ流れ落ちる。
そして、オレの目の前には──
一人の少女。
赤眼蛍光緑髪のお団子ツインテール。
そして漂う、地雷系みたいな感じの雰囲気。
姫騎士モネアが横たわっていた。
オレはなんて勘違いをしていたんだ……!
『姫騎士がマンティコアから逃れた』でも『マンティコアが姫騎士を連れ去った』でもない……!
姫騎士モネアこそが、マンティコアだったんだ!
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