第5話 眠らない姫騎士を眠らせろ!

「ダメだ、姫騎士さま。貴女に渡せない、このオッサンは」

「マジで言ってる? 私だって譲れないわ、そのオッサンは大事な国民よ」


 オレたちは、未だに争っていた。


 このままじゃ埒が明かない。

 転生して手に入れた力を活かして、諦めさせよう。

 あまり長引くと、昏睡したオッサンの容態も心配だからな。

 ここは慎重に──


 オレは軒下から木箱を二つ借り、

 昏睡したオッサンと共に宙へ投げた!

 慎重に投げた!

 そして、お手玉の要領でオッサンと木箱を交互に受け止める。


「残念だったな、姫騎士さま! これなら奪えないだろ〜!」

「いや、危ないでしょ! そんなことしたら!」

 モネアは再びオレを剣で叩き斬った。


「斬る方が危ないんですけどッ?」

「私の国民にそんな扱いをするヤツ、斬られて当然じゃない?」

「う〜ん、それは同意しちゃうわ! よく考えたら反論の余地無いな、オレ!」


 確かに彼女の言う通りじゃん!

 何か他の方法で、モネアの過労を防げないか?

 頭を悩ませながら、オレはオッサンを再び空中に解放リリースする。

 刹那──


 どくどく。

 と、がオレの左手に伝わった!


 何だ今の?

 なんて言うか、露天風呂に入った時みたいな──だ。

 かといって、何かオレの体に変わったところもない。

 なら、一体何が起きたんだ?


「とにかく!」

 モネアはため息をつき、剣を鞘にしまう。

「その兵士を返しなさい! 彼はきっと、魔王の手下に呪われてるわ」

「呪われてる?」


「夢見の呪い──永遠の眠りにいざなう呪術よ。一度犠牲になれば、衰弱死の未来しかない『死の呪い』ね」

 つまり──

「永遠の眠りッ? このオッサンは、二度と目を覚まさないってことか……?」


わッ!」


 なんてシビアな世界なんだッ!

 オレは憐憫の表情を浮かべながら、オッサンをお手玉する。

 その時──


「えっ? わし今めっちゃ飛んでねッ?」

 オッサンの声が響いた、上空から。


 見上げれば、さっき投げたオッサンが宙で手足をばたつかせていた。


「すげ〜元気に目覚めてるゥーッッ!!!!」


 魔王を倒す以外じゃ目覚めないんじゃねェのかよ!

 オレは軽く飛び上がり、オッサンを抱きとめた。お姫様抱っこだった。


 ってか、異世界来て初お姫様抱っこがオッサンなのイヤだな!

 お姫様をお姫様抱っこさせろよ! ファンタジーなんだから!


「夢見の呪いから目覚めたですって? マジ……?」

 たじろぐモネア。

「とにかく良かったわ、貴方が目覚めて」


「ありがたきお言葉です。姫騎士様」

 オッサンを降ろすと、彼は素早い動きで姫騎士の前に跪いた。

「目覚められた理由は分かりません。ですが、とにかく嫁や娘にも心配かけずに済みます」


 オッサンの目にも涙。

 きっと、魔物に呪われて怖い思いしたんだよな。


 永遠に眠り続ける呪術──夢見の呪い。

 そんなものを喰らえば、心が弱ってしまうのも無理はない。

 オレも連勤中、風邪ひいた時、仕事や周りへの影響を考えてすげ〜焦ってたっけ。

 きっと、このオッサンの心労はそれ以上だったろう。


「すいませんでした、さっきはお手玉したりして。体とかに以上はありませんか?」

 オッサンの傍らにしゃがみ、オレは彼の肩に右手を置いた。

 瞬間──


 どくどく。

 と、オレの右手を抜けていく


 まただ!

 さっきと似た感覚!

 でも、少し違ってるような?


 視界の隅、揺れる人影。

 いきなりぶっ倒れ、寝息をたて始める目の前のオッサン。


「どうしましたか?」

 モネアは地面に跪き、オッサンに声をかける、

 スカートが汚れることすら構わず。


「大丈夫ですか?」

 オレも同じようにしゃがみ、オッサンの肩を揺する。

 その時──


 今度はオレの左腕に、

 とした感覚が走った!

 そして、


「わし、今、一瞬意識を失ったような……」

 昏睡していたオッサンは起き上がった。 


 まさかって!

 オレは自分の両手とオッサンを交互に見つめる。

 もしかして、のか?


「いや〜、目覚めて良かったですよ」

 オレは両手をオッサンの肩に置く。

 そして、力を流し込むよう意識した!


「こちらこそ、ぐう……。介抱していただき、ぐうぐう……。ありがぐう……」

 オッサンは応えた、覚醒と睡眠を反復横跳びしながら。


 できたぞ!

 オレの左手は睡魔を奪い取り、

 右手は睡魔を与える。

 どうやらオレは、転生の際、睡眠に関する能力を貰ったらしいな。

 だとしたら──


「姫騎士さま、貴方の侍女をここに呼んでくれませんか?」

「ええ、いいわよ。この兵士を介抱させるってことね?」

 パチリ。

 モネアが指を鳴らすと、三人の侍女がすぐに現れた。


 そしてオレは、彼女の手を拝借した、

 


 どくどく。

 と、オレの中の睡魔が彼女に注ぎ込まれる。


「あれ? マジなのかしら? 急に、眠く……」

「姫騎士さま、やっぱり貴方は休むべきだ」

「ダメよ! 私が眠ったら──」


「『私が眠ったら魔王が』ってことか? 心配無いぜ」

 モネアの右手を優しく握り、

 オレは彼女に笑いかけた。


「眠りから目覚める魔王──そんなの、オレがまた

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