眠らない姫騎士-Sleepless Beauty

第4話 眠らない姫騎士!

「アンタ誰? 見ない顔ね」

 ドレス風の鎧を翻し、

 モネア──そう呼ばれた姫騎士は、一歩ずつ階段を降りてくる。

 十五歳くらいの見た目。真っ白な肌。つり上がった目。真っ赤な瞳。蛍光緑の髪。ツインテール。髪束の根元は団子状に括られている。


 赤眼蛍光緑髪のお団子ツインテール!

 そして漂う、地雷系みたいな感じの雰囲気。


 その顔立ちは、めちゃくちゃかわいかった……!

 明らかにと分かるほどに。

 なんなら、かわいさに当てられ、周りの男どもは何人か倒れていた。


 並のゲームキャラが『二万ポリゴン前後のモデル』だとしたら、この少女は100,000ポリゴン以上はあるだろう。

 いや、

 ポリゴン数は美しさの指標じゃないが。


 身に纏うのは黒を基調としたドレス風の鎧。布や装甲のフチは、緑のラインで彩られていた。

 装甲は、胸元や肩とスカートの部分を覆っている。

 この場合は、スカートのある鎧と言った方が正しいかもな。


 にしてもこのカラーリング、前世でオレが飲んでいたドリンクとソックリだ。

 よく見れば彼女の鎧には、ご丁寧に

 

「その昏睡する男は私の国の兵士。部外者に預ける? マジで信じらんない」

 階段を降り終え、モネアはオレの目の前で立ち止まった。

「国も民も、。だから、部外者なんて必要無いのよ」


「しかしながら、姫騎士様!」

 一人の兵士が声をかける。だが、

 刹那──


 モネアは床板を踏み鳴らした、

 とても苛立った様子で。

 轟く地鳴り。揺れる机とイス。その衝撃に、食器は落ち、辺りの男達は腰を抜かしている。


 この女、化物モンスターか?

 今の振動で宿屋全体が揺れたぞ!

 いや、あのパワーじゃあ、大陸ごと揺れてるかもしれないな。


「あの男、化物モンスターか? 今の振動に耐えただと?」

「それだけじゃねェ。昏睡した男を抱え上げたまま。なんて体幹だ!」

 床に跪く男たちが慄いた。


 どうやらこの世界で、化物はオレの方らしいな。

 すると、


「ここでは話が込み入るわ。続きは外で話しましょ」

 モネアは宿屋の外を指差す。


 確かに、このままじゃ他の客に迷惑かけるもんな。

 オレは昏睡男を抱えたまま、宿屋を出た。


 って、

 このオッサンは早く処置しなくていいのかッ?


 宿屋の外は、同じく木造の家が立ち並んでいた。どうやらそこはメインストリートのようで、他にも商人が店を構えている。

 肌を撫でる冷たい風。町を囲む雄大な山々。

 山岳地帯の町ってとこか。通りで寒いわけだ。オレは大きく豪快にくしゃみを放った。


「くちんッ♡」

「そんな細身だから、この寒さに耐えられないのかしら?」

 後ろから来た、モネアはオレに声をかけた。


「そもそも『そんな細身の男が大男を持ち上げる』なんて不自然。桁違いの睡眠値ウールズなんてもっと不自然よ。敵の手先と考える方が妥当だわ」

 疑いの眼差しをオレに向け、モネアは腰の剣に手を伸ばした。


 すっげ〜疑われてる!

 コイツ、初めからオレを外で切り伏せるつもりだったのか?

 まあ、化物扱いだもんな

 どうにか誤解を解かないと斬られちまう!

 けど、


 生まれた世界は違っても、オレたちは人間なんだ!

 きっと、お互い分かり合えるよな!

 昏睡した男を床に下ろし、オレは真剣な眼差しでモネアを見つめた。

 そして──


「ウッ! やっぱ、めちゃくちゃ重いッ!」

 オレは苦悶する。

「いや〜、もう持てないわ。余裕あるフリするのも大変ッスね(笑)」


 よし。

 これで誤魔化せたか……?


「嘘だろお前ッッ!!!! それはッ!」

 その勢いのまま、

 モネアはオレの胸を叩き切った。


「ツッコミが激し過ぎるッ!!!!」

 オレは胸を押さえながら、モネアに苦言を──


 ん?

 『胸を押さえながら』?


 改めて自分の体を探るも、

 まさか! 攻撃力だけじゃなく、防御力も高くなってるのか……?


「む、無傷だなんてッ! 私の剣を受けたのにッ!」

 モネアは床の昏睡男を抱き上げた。

「こんな気味の悪い男に、私の部下は任せられないわッ!」


「それはガチでその通りです! 剣で斬っても無傷の男、どう考えてもキモいもんな!」


 にしても、

 『こんな気味の悪い男に、私の部下は任せられない』か。

 この姫騎士、気性は激しそうだが、ちゃんと『上司』やってんだな。


 オレの働いてたとこじゃ、そんな優しさは無かった。

 みんな、自分のミスが責められないか不安で……。だから、他人に構うなんてバカバカしい──誰もがそんな風に追い詰められてた。

 だからこそ、


 


 モネアは今、昏睡男を抱き上げている。

 だが──


 真っ赤な顔。額に浮かぶ汗。歯を食いしばる様。どれをとっても、無理をしているのは明らかだ。


 よく見ればこの子、目の下に大きなクマがあるな。

 365連勤してた頃のオレみたいに、大きくて真っ黒いクマが。


 コイツも、命を削って働いてきたのか? オレと同じように。

 命を削る危険性は、オレがよく知ってる。

 こんな働き者の姫騎士さまに、これ以上の無理はさせられないよな。


「大丈夫だぜ、姫騎士さま。ここはオレに任せてくれ」

 オレは姫騎士から昏睡したオッサンをひったくる。


「それマジで言ってる? 信じられないわッ」

 対抗し、オッサンを奪い取るモネア。


「そのクマ、見りゃ分かるぜ。寝てないんだろ?」

「そんなの私の勝手でしょ! マジでキモいわ!」

 互いに言い争いながら、オレたち二人はオッサンを奪い合う。


「オレは、良い上司が過労死するのを見たくないだけだ。この場はオレに預けて、姫騎士さまは寝てくれ」

「寝てる時間なんて無いわッ! 私は、国も民も──そして妹も、全て一人で守るのよッ!」


 妹も?

 モネアの見た目は十五歳程度。国も民も妹も、本来なら親である国王が守るべきだよな?

 もしかしてコイツ──


「お前、親がいないのか? だから、こんな無理して一人で──」

「黙りなさい! それ以上、亡き国王の話をするなら、叩き斬るわよ?」

 既に斬られてるから怖くねェけどッ?

 ともかく、


 理解したぜ。

 この国の姫騎士・モネアは、亡き親の代わりに一人で全部背負ってきたんだな、

 命を削って、クマを浮かべながら。


 だとしたら尚更、オレはコイツを放っておけねェ!


 オレも前世では、そうだった。

 厳しい職場。心無い上司。辞めていく同期。

 確かに、その分オレの仕事量は増えた。

 けど、オレが辞めてしまえば、他のヤツらが苦しむ。

 だから、オレは職場を辞められなかった。

 次第に、一人また一人と辞めて行き、

 同期は誰もいなくなった。


 みんなのために──

 そう思ってたけど、結局は過労死だ。

 せっかく365連勤したのに、完了した爽快感を味わう前に死んじまうとは、な。


 もし、モネアもそうなったら?

 国や民や妹を守りきれたとして、


 別に、オレとコイツは深い仲じゃあない。

 手を差し伸べる義理なんて無い。

 だからこれは、オレの単なる『エゴ』だ。


 オレは、彼女みたいな上司に、

 モネアの力になりたい……!

 そう思った。


 刹那──

 脳裏を過ぎる、知らないハズのヴィジョン。

 なのにオレはこの光景を、『既に』見たことがある……!


 それはベッドの上、オレの隣で眠る彼女の姿だった。

 オレの右手をしっかりと握り、すやすやと寝息を立てるモネア。

 その顔からクマは消え去り、健康的な顔色で安眠している。


 コイツ、こんな表情もできるんだな。


 これは『予知夢』だ。

 13,700,000,000年の内にオレが観た、予知夢。


 なら、決まりだな。

 オレの目的は、この強情な姫騎士にオレを認めさせ、とびきりの『安眠』を届けてやる……!

 それが、睡眠不足で死んだオレの矜持だ!

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