最悪のハッピーエンドを君に。

月待 小夜

プロローグ

風呂場の冷たいタイルの上で目が覚める。

そばに落ちているスマホを見ると時刻は10時。仕事へ行く準備をしなければとリビングへ行けば、愛する人が寝息を立てていた。これは、18歳の長くも短かった一年である。


昼間は普通の人間の仮面をつけて平凡を演じ、家に帰れば愛する人からの痛みに耐える。

私の愛した人は、愛を売る仕事をしていた。そして私も彼の売る愛を欲してしまった。その末路がこれだ。

無邪気な笑顔と可愛らしい仕草に惚れ込んだ。就職してから知らない街に引っ越して、何一つ知らない状態で過ごして不安だらけの毎日の中で彼のくれる愛は甘過ぎた。

彼の砂糖の溶けた沼に沈むのにそう時間はかからなかった。「付き合おう」と言ってくれた彼の為に全てを費やした。気づけば夜の世界に自らも身を沈めていた。


10時頃に準備を始める。体中にできた痣を化粧で隠し、メイクをして髪をセットして着替えをする。あとはひたすらに仕事が入れば車に乗りその場所へ向かい体を売り車へ戻る。12時間それの繰り返し。

仕事が終わり退勤の時間になれば家に帰り、稼ぎが少なければ暴力を振るわれる。それの繰り返し。


彼の愛を買いに行き沢山のお金が甘い沼へ溶けて、その後手元に残るのはお店への借金と過酷労働と虚無感だけだった。

お金を溶かし体を売って痛めつけられてまた体を売り、愛を買いにいって一時の夢を見て、現実に帰りまた体を売って。その繰り返し。何ヶ月もその生活が続くうちに、全ての思考回路が麻痺していった。


彼のお店から帰り家につきベッドに横たわる。痣だらけの右腕と切り傷だらけの左腕が目に入り、傷をそっと撫でる。一面真っ赤に染まるその腕を見て「今日も生きている」と失望するのが毎日の日課だ。ふと腕の奥側に見える机に目を凝らせば、沢山の薬の空瓶が転がっている。


──私はどうしてこんなことをしてまで ──


自分の中の感情に飲まれかけた所でLINEの音で我に返った。この音を聞くとどれだけ眠っていても集中していても引き戻される。

時刻は午前2時半。この時間の一通のLINEなんて見なくてもなにが来たのかわかる。煙草に火をつけて吐きでた煙を見ながら、ただその時を待った。

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最悪のハッピーエンドを君に。 月待 小夜 @tukimathi

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