第50話(フランク視点)俺のために
「フランク様、もうすぐテレサさんが戻られますよ」
部屋に入ってくると、クルトがそう言って微笑む。彼がテレサのことをテレンスではなくテレサと呼ぶようになってから、もうかなり経った。
テレサからプロポーズされて、約二年。
荒れ地だったモルグは、小さな村になった。
もちろん、まだまだ発展途上ではある。しかし少しずつ移住者が増え、農地も増えた。
王都からそれほど離れていないこともあり、農作物の販売場所にも困らない。
そして、フランクが復活させたあの花畑は、観光場所として人気を誇っている。
なにせ、あの花畑は枯れないのだ。一年中美しく咲き誇る花畑を愛する人は多い。
「分かった。紅茶と茶菓子を用意してやってくれ」
「かしこまりました」
「三人分だぞ、忘れるなよ」
「ええ。いつもありがとうございます」
フランクは笑って部屋を出ていった。
フランクは今、モルグの中央に建設した屋敷に暮らしている。クルトの他にも数名の使用人を雇っているが、クルトは特別だ。
「テレサも、すっかり領主が板についてきたな」
この村の主人はテレサである。フランクはテレサの配偶者に過ぎない。それを不満に思ったことはないし、たぶん、これから思うこともない。
むしろ、悠々自適に暮らせていることに感謝すべきだろう。
椅子を立って、居間へ向かう。そろそろ、テレサが村のパトロールから帰ってくる時間だ。
◆
「おかえり」
「フランク様! もう起きてたんですね」
「さすがにな。というか、声をかけてくれたら、俺もお前と一緒に行ったのに」
「気持ちよさそうに眠っていたので、あえて起こさなかったんです」
そう言って、テレサがにっこりと笑う。相変わらずの男装姿だが、髪は伸びた。邪魔になるからといつも一つに束ねているが、切る様子はない。
たぶん、結婚式に向けて伸ばしてるんだろう。
本人に確認したことはない。なんとなく、その方がいいと思っているから。
「腹は減ったか? クルトに茶菓子を用意してもらったんだ」
「ええ、それはもう」
ここへきて、以前よりテレサの肌が焼けた。頻繁に村の様子を見てまわり、時には農作業を手伝ったりなんてことまでしているからだろう。
それとは逆に、フランクの肌は全く焼けていない。日に焼けると赤くなって痛むタイプで、日焼けしないように気を遣っているからだ。
こいつが俺をあまりパトロールに誘わないのも、俺を気遣っているからだろうな。
相変わらずテレサは優しい。そして、ちょっと呆れるくらいには過保護だ。
「なあ、テレサ」
名前を呼んで、軽く目を閉じる。これで意図が伝わるくらいには、婚約者としての時間を過ごしてきた。
少しすると、控えめにテレサがキスをしてくれる。
「ただいま戻りました、フランク様」
「ああ」
もう何度も口づけを交わしてきたのに、テレサはまだ照れる。
そろそろ慣れればいいのに、と思う反面、テレサらしくて気に入っているところだ。
「そうだ。仕立て屋がくるのは明日だろう? 紅茶を飲みながら、どんなデザインにするかを決めよう」
◆
「それで、なにか希望はあるか?」
フランクが尋ねると、少し考え込んだ後テレサが口を開いた。
「やっぱり、派手な物がいいかと。フランク様は華やかな顔をしているので、衣装負けすることはないでしょうし」
フランクの顔を見ながら、うんうん、とテレサが何度も頷く。
本当に俺の顔が好きだな、テレサは。
この村もそれなりに大きくなり、今度、花畑の前で結婚式を開くことが決まった。
今は、式に向けて絶賛準備中だ。
「ただ、やはり色は白がいいと思うんです。なので、リボンやフリルを多くするとか、飾りとして宝石を縫い付けるとか……ジャケットは長い方が似合う気もしますね。あと、リボンタイがいいと思います」
熱心に語られるのは嬉しい。テレサが好きなのは自分の顔だけではないと分かっているからこそ、穏やかな気持ちで聞けるというのもある。
「テレサ、お前、自分の衣装についてはなにか希望はないのか?」
フランクの言葉にテレサは黙り込み、そして気まずそうに目を逸らした。
「そもそも、タキシードにするかドレス姿にするかはもう決めたのか?」
返事はない。かれこれ三ヶ月ほど前から話しているにも関わらず、テレサはまだ結論を出していないのだ。
テレサは普段、動きやすいから、と男装姿でいることが多い。
それについて不満はない。似合っているし、テレサが好きな格好をするのが一番だと思うから。
だからこそ、結婚式でも好きな物を着ればいいと思う。
「……タキシードにしようかと思うんです。でも、フランク様のご家族もきますし、変ですよね」
「いや、それは気にしなくていい」
フランクがそう答えると、安心したような、少しだけ寂しそうな表情でテレサが頷いた。
「そんなことより、俺の意見は気にしないのか?」
ぐいっと顔を近づけて、甘えるように上目遣いで見つめる。こういう顔に弱いのだということも分かっているから。
日頃、テレサが好んで男装しているのは事実だ。
けれど結婚式では、テレサはドレスを着たがっている……と思う。
なのに言い出さないのは、きっと恥ずかしがっているからだ。
男装姿で出会ったからか、テレサは未だに女性らしい物を恥ずかしがっている。
「俺は、せっかくだからドレスを着た方がいいと思う」
「……そうですか?」
「それに、タキシードだと俺のせいで霞むぞ」
「それが本音ですか、まったく……」
はあ、とテレサが優しい顔で溜息を吐く。そうだと言えば、テレサはドレスを着ると言ってくれるだろう。
でも、それだけじゃだめだ。
「違う。俺はただ、テレサのドレス姿が見てみたいんだ。きっと綺麗だろうから」
今まで、何人もの女相手に甘い言葉を囁いてきた。それなのに、テレサが相手だと気の利いた言葉が出てこない。
きっと、本音を伝えようとしているからだ。
「なあ、だめか? 俺のために、ドレスにしてくれ」
真っ赤な顔で、はい、とテレサが頷く。そして、照れ隠しのように残りの紅茶を一気飲みした。
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