第49話 いつか、この場所で

 どれほどの時間が経っただろうか。明るかった空は茜色に姿を変えている。

 荒れていた土地に、美しい花畑が復活した。地面から色とりどりの花が咲き、花畑ができていく様子は、息を呑むほどに美しかった。


「ようやく終わったぞ」


 地面から手を離し、テレサを見つめてフランクが微笑む。顔色がずいぶんと悪いのは、異能を長時間使用し続けていたからだろう。


「これが、お前の見たかった景色だろう?」


 深呼吸をして目を閉じ、匂いを嗅ぐ。嗅ぎ慣れた香水の匂いがして、泣きそうになった。


 これが、お母さんの愛した景色。

 お母さんが何度も思い出していた故郷。


 お母さんと一緒にこの景色を見ることはできなかったわ。

 だけどこうして、お母さんが好きだったものを復活させることができた。


「どうだ?」

「……ありがとう、ございます」


 声が震えた。目を強く見開いていなければ、すぐに涙が出てしまいそうだ。


 お母さん、見てる?

 私、バウマン家を抜け出して、お母さんの花畑を復活させて……そして今、隣には大切な人がいるの。


「今……私は、すごく幸せです」

「それはよかった」


 そう言って笑いながら、フランクが懐から小さな箱を取り出す。そして、真っ白な小箱をテレサへ差し出した。


「これは?」

「俺からのプレゼントだ。クルトと買いに行った」


 ちら、とフランクがクルトに目で合図する。するとクルトは微笑んで、少し散歩してきます、とこの場を離れた。


 このタイミングでいきなり散歩をするなんておかしい。テレサたちを二人きりにするためなのは明らかである。


「開けてみてもいいですか?」

「ああ、開けてみてくれ」


 小箱をそっと開ける。中に入っていたのは、シンプルなデザインの指輪だった。

 銀色のリングに、翡翠色の宝石が埋め込まれている。宝石自体はそれほど大きくないが、花を模した形にカッティングされているのが印象的だ。


「これ……」

「指輪だ。その、お前のために買った」

「私のために?」

「ああ。正直、悩んだ。お前に比べて金もないし、そこまでいい物は買えないし。でも、プロポーズもお前がやって、このまま何もしなかったら、指輪もお前が買うと思うとな」


 確かに、指輪の購入については少し考えていた。いろいろと忙しかったから、落ち着いてから買いに行こうと思っていたけれど。


「どうだ? 気に入ったか? 俺が選んだんだから、絶対に気に入るはずだとは分かっているんだがな」


 そう言いながらも、フランクはどこか不安そうだ。


 こういうところが可愛いって、本人はちゃんと自覚してるのかしら。


 指輪を箱から取り出して、そっと薬指にはめてみる。驚くくらい、ぴったりのサイズだった。


「サイズ、いつ調べたんです?」

「勘だ。なんとなく、そんなものかと思って」

「ぴったりです。すごいですね」


 そっと指輪を撫でる。ひんやりとした感触が心地よくて、いつまでも触っていたくなった。


「すごく、綺麗です」


 そこまでいい物ではないと言っていたけれど、間違いなくテレサの持ち物の中で最も立派な物だろう。

 メリナの悪事を暴いたことで報酬をもらっただけで、今までは貧しい暮らしをしていたのだから。


 それに、フランク様が私のために選んで買ってくれたってことが、すごく嬉しいわ。


「フランク様」

「なんだ?」

「もし私が死んだら、この指輪をつけたまま埋葬してください」

「縁起が悪いことを言うな。そもそも、お前は俺より長生きするべきだ。俺を守ると約束したんだからな」


 ほら、と言いながらフランクがテレサの手をぎゅっと握った。ぎゅっと手を繋がれて、鼓動が速くなる。


 婚約者になったとはいえ、こういう触れ合いには全然慣れていないのだ。


「なあ、テレサ」

「はい」

「いつかここで……この花畑の前で、結婚式をしないか?」

「ここで、ですか?」

「ああ。いや、まだ時間がかかるだろうし、他の場所で先に挙げた後でもいいんだ。でも、ここで挙げるのが一番いいんじゃないかと思ってな」


 照れたのかフランクが早口になる。


 この綺麗な花畑の前で、フランク様と結婚式をする。

 想像するだけで胸が高鳴った。


「はい。私も賛成です。そういう目標があれば、村の復興だってもっと頑張れる気がしますし」

「だよな!?」


 目をキラキラと輝かせたフランクが、テレサの目をじっと見つめた。そして、テレサの手をさらに強く握る。


「……こういうことは、あまり聞くべきじゃないかもしれないとは思うんだが」

「はい」

「キス、してもいいか?」


 フランクの声は震えていた。情けないけれど、彼らしいと思う。

 フランクとキスをするのは初めてだ。


「はい。私は、貴女の婚約者ですから」


 答えた後、テレサはなんとなく目を閉じた。彼の顔を見たい気もしたけれど、フランクの瞳に映る自分を見るのが恥ずかしくて。


 生温かい感触を唇に感じる。その感触がなくなって目を開けると、真っ赤な顔をしたフランクと目が合った。


 からかってあげたいのに、自分の頬が熱くて何も言えなくなる。


 式を挙げる時には、こういうことにも慣れているのかしら。

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