第48話 蘇る花畑
馬車が真っ直ぐに進む。荒れた道を進んでいるのに馬車が静かなのは、腕のいい御者と上質な造りの馬車のおかげだ。
前にここへきた時は、歩いてきたのよね。
馬車の窓から外の景色を眺める。似たような風景が続いているだけなのに、自然と胸が高鳴った。
テレサたちが向かっているのはモルグである。といってもただの荒れ地だが。
「ここで出会った時、フランク様は人に追われてましたよね。その人の恋人を奪ったとかで」
懐かしくなってそう言うと、フランクは勢いよく首を横に振った。
「それはあいつの勝手な勘違いだ。俺はそんなことしてない」
拗ねたような、焦ったような表情が可愛い。だからこそあえて、分かってますよ、と返事をしないでいると、なあ、とフランクが顔を覗き込んできた。
「俺は今まで、本気で付き合った女なんていないぞ」
「それは誇れることなんですか」
「少なくとも、お前にとっては朗報だろう?」
大きな瞳でじっと見つめられると、つい頷いてしまう。そうすればフランクが嬉しそうに笑うと知っているから。
そんなテレサたちを見て、クルトがくすくすと笑う。
「仲がよろしいようで、なによりですね」
婚約を報告した際、クルトは泣いて喜んでくれた。照れくさかったが、それがすごく嬉しかったことを覚えている。
「私からも、保証します。フランク様は今まで、真剣に誰かと交際したことはありませんよ。生まれた時から見ている私が断言します」
「ほら、クルトもこう言っているだろう」
別に、過去にフランク様が誰かと付き合っていたとしても、私の気持ちは変わらないんだけど。
過去は過去、今は今なんだから。
とはいえ、過去の恋人の話を笑顔で聞ける自信もない。
というか、私以外の誰かがこの人の面倒を見れるなんて、とても想像できないわ。
対女性時のフランクは甘い言葉を囁く王子様のようだが、普段は甘えたがりのお姫様だ。
フランクの表面的なところに惹かれた人が、そんな彼のことも愛せるのだろうか。
「なあ、テレサ」
「はい」
プロポーズをしてから、フランクはテレサのことを必ずテレサと呼ぶようになった。
テレンス、と呼ばなくなったのは、彼なりにちゃんと理由があるのだろう。
正直、私はどっちだっていいけど……でも、フランク様がなにかを考えて呼び方を変えてくれたこと自体が、なんだか嬉しいわ。
「お前は、モルグをどんな風にしたいんだ? 村として復活させたいんだろう?」
「はい。一時的に花畑を復活させても、そこに人がいなければ、またなくなっている気もしますし」
しかし、テレサの考えはまだちゃんとまとまっていない。バウマン家で育てられたものの、貴族としての教育なんて受けさせてもらえなかったのだ。
領地経営なんて、さっぱりだわ。
「なんていうか……すごく大きな村にしたいとか、儲けたいとか、あんまりそういう気持ちはなくて」
小さい頃から贅沢な暮らしを眺めつつ、テレサ自身は質素に暮らしていた。
虐げられたこと自体は悔しくて悲しかったが、贅沢に憧れているというわけでもない。
「ただ、住んでいる人が居場所だと思えるような、帰ってきたいと思えるような……そんなところにしたいんです」
なるほどな、とフランクが頷く。そして、自信たっぷりの笑顔を浮かべた。
「貴族として、一通りの教育を受けている。俺に任せろ!」
「……なんか、ちょっと不安なんですけど」
「なんでだ!?」
むっとした顔で頬を膨らませたフランクに、冗談ですよ、と声をかける。けれど睨まれてしまったのは、テレサが半分本気だったことに気づかれたからだろう。
「それに、どうなったとしても、フランク様を恨んだり怒ったりはしませんよ」
「テレサ……ん? どうなったとしてもってなんだ。やっぱり俺の実力を信じてないな!?」
「まあ、それはその……フランク様の経営手腕なんて、知りませんし」
「すぐに俺の実力に驚くことになるからな」
そうなるといいですけど、と返しつつ、どうなったとしても構わないのに、なんて頭の中で考える。
もしフランクが失敗したとしても、フランクが頑張った結果のことなら仕方ないと受け入れるだろうから。
きっとそれが、私なりの愛なんだわ。フランク様に言えば、また文句を言うんでしょうけど。
◆
馬車を下りて少し歩く。花畑があったと思われる場所の地面を、フランクはそっと触れた。
「いけそうですか?」
「……ああ。少し時間はかかりそうだ。待っていてくれ」
フランクが目を閉じる。見たことがないほど真剣な横顔だ。
フランク様の異能は、枯れた花を再び咲かせること。
でもきっと、普段はこれほど大量の花を、一気に蘇らせることなんてないわ。
じっと眺めていると、少しずつ花が咲き始めた。赤、白、黄色……色とりどりの花が、一本ずつ咲いていく。
荒れた土地が、美しい花畑へと変化していく。
その様子に、テレサはすぐに夢中になった。
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