第47話 プロポーズ

「……は?」


 形のいい翡翠色の瞳が大きく見開かれる。そして次の瞬間、フランクは顔を真っ赤にして叫んだ。


「お、お前それ、本気で言ってるのか!?」

「冗談なら、薔薇もケーキも用意しません」

「ふ、普通はまず付き合おうだとか、好きだとかだろう!? いやお前が俺を好きなことには薄々気づいていたが……そんな気がしていたが……いや、だが……!」


 ここまで動揺しているフランクを見るのは初めてかもしれない。相変わらずで可愛い、と思いながらも、その反応にそわそわしてしまう。


 驚いているのは確実だけど、それで、フランク様はどう思ったのかしら……?


 フランクのことが好きだ。砂糖菓子のように甘い気持ちではないけれど、彼に何度も救われてきたし、これからも彼を守りたいと思っている。

 それに、フランクが他の誰かを選ぶところを想像したら、嫌な気分になった。


 これが恋なのかどうかは、正直、曖昧だけど……でも確実に、これは愛だわ。


「私にはもう家族が一人もいません。血が繋がっている人はいますが、私が家族と呼べる人はいないんです」

「……あ、ああ」

「もし家族になる人を選べるのなら、私はフランク様がいいと思ったんです」


 フランクが再び顔を真っ赤にし、薔薇の花束をぎゅっと抱き締める。その姿を見て、大きい花束を買ってきてよかったと思えた。


「フランク様は前に言ってましたよね。どんな自分でも好きな人が好きだって」


 こくん、とフランクが小さく頷く。いつもの騒がしさはどこへ行ったのかと思うような静かさだ。


「私はフランク様の情けないところもたくさん知っているつもりです。というか、フランク様に格好いい何かなんて少しも期待していません」

「なんか、酷いこと言ってないか?」

「ただ、いてくれるだけでいいんです。私が守りますから」

「……そうか」


 フランクはわずかに口元を緩めた。少なくとも、嫌な気持ちにはなっていないのだろう。


「すぐに返事をくれとは言いません。しばらく部屋にこもってましょうか? それとも、外に出かけた方がいいですか?」

「い、いや待て、いい。する。返事、すぐにするから。時間が空く方がなんか気まずいだろ!」

「そうですか。……それにしても、本当に顔真っ赤ですよ。告白なんて、され慣れてるんじゃないんですか?」


 テレサだってもちろん緊張しているし、鼓動は速くなる一方だ。

 それでもこんな風に軽口を叩けるのは、目の前にいるフランクがあまりにも動揺しているからだ。


「告白されるのにはもちろん慣れている。だが、プロポーズなんてされたことないに決まってるだろ」

「へえ」

「普通、プロポーズは男からするものだからな」


 さすがに、それくらいはテレサも知っている。もっとも貴族の間では親同士が婚約を決めるのが一般的で、そもそもプロポーズ自体をしない人の方がずっと多いのだが。


 でも、待つ気にはなれなかったわ。

 このタイミングで関係性をはっきりさせるべきだと思ったんだもの。


 プロポーズなんて性急すぎるだろうか、まずは告白から……と考えなかったわけじゃない。

 けれど、あまりしっくりこなかったのだ。


 それに。


「フランク様の初めてをもらえたようで、嬉しいです」

「……二回目があってたまるか」

「それって、どういうことですか?」


 フランクが大きく深呼吸をし、じっとテレサを見つめる。何度も瞬きを繰り返した後、フランクはゆっくりと口を開いた。


「お前と、結婚するってことだ」


 どくん、と心臓が一際大きく跳ねた。

 安心感と喜びが広がって、なんだか泣きそうになる。


「……ありがとう、ございます」


 泣くのを我慢したら、妙に落ち着いた声になってしまった。フランクがすぐに不満そうな顔をする。


「もっと嬉しそうにしたらどうなんだ。俺が結婚するって言ってるのに」

「嬉しいですよ。嬉しいから、こんな風になっちゃったんです」


 これ、現実なのよね。

 自分でプロポーズしたくせに、夢を見ているみたいだわ。


 プロポーズを受けてもらえる、という自信があったわけじゃない。でも、断られる気もしていなかった。


 フランク様とはずっとこの先も一緒にいるのだろう、と思っていたから。


「テレサ」

「はい」

「その……これからは、婚約者としてよろしく頼む」


 そう言ったフランクの声は上擦っていて、緊張しているのが丸分かりだった。

 やっぱり、分かりやすくて可愛い。


「はい。末永く、よろしくお願いしますね」

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