第46話 薔薇とケーキ
「……全然、起きてきませんね」
「はい。昨日は眠るのが遅かったからか、今朝はぐっすりで」
クルトは苦笑しながらそう言った。
もう正午を過ぎようとしているのに、まだフランクが部屋から出てこないのだ。様子を見にいったクルトいわく、幸せそうに眠っていたという。
眠れないと言っていたのは、もうすっかり忘れたのかしら。
少々呆れてしまうが、まあ、ちゃんと眠れているのはいいことだ。そう思うからこそ、あえて起こしていないのである。
「まだしばらく起きそうにないんですよね?」
「ええ」
「じゃあ、少し出かけてきます。ちょっと買い物に行くだけなので、すぐ戻りますから」
「分かりました。もしフランク様が起きたら、そう伝えておきますね」
「お願いします。もし起きたら、ですけど」
クルトと目を合わせ、お互いにくすっと笑った。
「じゃあ、行ってきます」
◆
屋敷を出て、地図を見ながら目的の店へ進む。男装姿をしているのは、なんとなくだ。
なんか、この姿でいるうちに、すっかりこっちに慣れちゃったのよね。
動きやすいし、便利なんだもの。
テレサに与えられていた地味な服でさえ、今の服に比べると動きにくかった。メリナが着ていたような令嬢向けの派手な服はどれほど動きにくいのだろう。
まあ、着てみたい、って全く思わないわけじゃないんだけど。
「ここね」
きたかったのは、カーラが働いているというお菓子屋だ。想像していたよりも大きい店で、店内には笑顔のお客さんがたくさんいる。
可愛らしい見た目の商品が多いからか、中にいるのは女性ばかりだ。
軽く深呼吸をして扉を開ける。ベルが鳴ると、店内の視線がテレサに集まった。
女性ばかりの店内では今のテレサは目立つのだろう。
少々気まずさを感じながら、店員へ近づく。カーラに話しかけようとしたテレサを見て、隣にいた老婦人が慌てた顔になった。
「申し訳ありませんお客様、こちらの者は……」
「大丈夫です。彼女は、私の友人ですから」
老婦人に笑顔で言ったのはカーラである。彼女、という言葉に老婦人は目を丸くした。
「驚かせてしまって申し訳ありません。こう見えても私、女なんです」
もう、性別を偽る必要はない。それだけで、かなり気が楽だ。
「久しぶり、カーラ」
「ええ。久しぶりね」
照れたようにカーラが笑う。久しぶりに見るカーラの表情はとても柔らかい。顔を見ただけで、カーラが穏やかな日々を過ごしていることが分かった。
「今日は何をお探しですか、お客様?」
冗談っぽく言ってカーラが笑う。その様子を見て、隣にいた老婦人も安心したように微笑んでいた。
きっと、ここの店主よね。カーラのことを心配してくれているんだわ。
「ケーキはある? とても可愛くて、とびきり甘い物がいい」
「おすすめは、私が焼くのを手伝ったバタークッキーなんだけど」
「じゃあ、それも一緒に」
テレサが答えると、頷いたカーラが奥からケーキを持ってきてくれた。苺とさくらんぼが上にのった、真っ白な可愛らしいケーキである。
彼女が手伝ったというクッキーも、花の形をしていて可愛らしい。
「友達割引はある?」
「いいえ。募金箱ならあるの」
にっこりと笑ったカーラが、レジ横においてある小さな箱を指差した。
「分かった。じゃあ、おつりをそこに入れるから」
代金を支払い、おつりを募金箱へ入れる。ありがとうございました、と笑顔で笑ったカーラに背を向け、テレサは店を後にした。
◆
屋敷の扉を開けると、不貞腐れた顔をしたフランクが目に入った。椅子に座り、足を組んでテレサを見つめている。
「起きたんですか、フランク様」
「ああ。そしたら、お前においていかれていた」
「ちょっと買い物に行っていただけです。ほら、お土産ですよ」
テーブルの上にケーキの入った箱をおく。クッキーは道中で全て食べてしまったのだ。
「開けてみてください」
箱を開けたフランクがぱあっと目を輝かせ、少しして慌てたように咳払いをする。
「甘い物で俺の機嫌がとれると思ったか?」
「それからもう一つ、お渡ししたい物があるんです」
背中に隠していた左手を前に出す。テレサが持っている花束を見て、フランクは目を丸くした。
100本の赤い薔薇の花束だ。
ちら、と目配せをすると、クルトは居間から立ち去ってくれた。
「フランク様」
「な、なんだ?」
戸惑いながらもフランクが花束を受け取る。
とりあえず受け取っちゃうところが、ものすごくこの人らしいわ。
「僕と……いえ。私と一緒にきてくれませんか?」
「モルグへか?」
「はい。それから……」
すう、と大きく息を吸い込む。伝える言葉はもう決めてあるのに、頭の中では何度も練習したのに、それでも緊張してしまう。
でもきっと、言わなかったら、私は一生後悔するもの。
「フランク様。私と結婚してくれませんか?」
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