第33話 最悪の再会
朝食を済ませ、のんびりとくつろぐ。オルタナシアでの潜入捜査が終わって以来、ゆっくりとした日々が続いている。
依頼が全くないわけではないが、毎日朝から出かけるほどの仕事量はない。
「テレンス、今日の予定だが」
「はい」
「久しぶりにパトロールにでも……」
フランクが途中で話すのをやめたのは、玄関の扉がノックされる音が聞こえたからだ。
クルトが素早く玄関へ向かったかと思うと、悲鳴に近い声でお客様です! と叫んだ。
「俺たちも行くか」
「はい」
クルトさん、どうしてこんなに驚いているのかしら?
驚くようなお客様がきたってことなの?
少しだけ緊張しながら玄関へ向かう。そして、予想外の人物の姿に、テレサは固まってしまった。
メリナ……!? どうして!?
だって、そこにいたのはテレサの妹にして聖女・メリナだったから。
とっさに俯いて顔を隠す。男装しているとはいえ、ウィッグもかぶっていないし、なにより、喋れば声でバレてしまう。
「貴女は……」
フランクが驚いたように呟くと、メリナがにっこりと笑った。顔を上げなくたって、メリナの表情の動きくらいは分かる。
長い間、ずっと彼女に虐げられてきたのだから。
「メリナ・フォン・バウマン。バウマン公爵家の娘ですわ」
彼女が少し動くだけで、甘ったるい香水の匂いがする。嗅ぎ慣れた香りに、心臓がぎゅっと締めつけられた。
「今日は、どうしても相談したいことがあって参りましたの」
「……バウマン家のご令嬢が、供もつけずに?」
「外で待たせておりますわ」
ちらちらとフランクがこちらを見ているのも分かる。いきなり現れた公爵令嬢に、どんな対応をすればいいのか分からないのだろう。
いったい、何の用なの?
私のことを怪しんでいるの?
顔を上げて、何をしにきたのだと怒鳴ってやりたい。けれどそんな度胸はなくて、テレサは何もできない。
「とりあえず、応接間に。……紅茶を用意してきてくれ」
クルトにではなく、テレサにフランクはそう言った。きっと、いつもとは様子の違うテレサを気遣ってくれたのだろう。
◆
キッチンで紅茶の用意をしつつ、どうするべきかと頭を抱える。
紅茶をクルトさんに渡して、私は部屋にこもるべきかしら。
依頼人の話を聞く時はいつもフランクに同席している。その方がスムーズに依頼にとりかかれるからだ。
しかし、今回は例外だろう。
「今さら変装するのも、変よね」
先程、今の姿をメリナに見られている。今さらウィッグをかぶって応接間へ行っても、さらに怪しまれてしまうだけだ。
「テレンスさん」
クルトに声をかけられ、慌てて顔を上げる。心配そうな顔をしたクルトがテレサを見つめていた。
「すいません、紅茶を用意するのが遅れてしまって」
「いえ。その紅茶、私が持っていきましょうか?」
「……お願いしてもいいですか」
ええ、微笑みながら頷くと、クルトは懐から小さな包みを取り出した。中に入っていたのは、薄桃色の飴である。
「よかったらどうぞ」
「これは……?」
「甘くて美味しい飴です。疲れた時や落ち着きたい時に食べるようにしているんですよ」
どうぞ、と袋を差し出され、一粒だけ手にとる。ざらざらとした手触りの飴は、きっと子供向けの甘い物だ。
ありがとうございます、と礼を言って飴を口の中に入れる。甘ったるい味が、少しだけテレサの頭を冷静にしてくれた。
「テレンスさん。実は、応接間の壁は薄いんです。耳を澄ませれば、きっと外からでも話は聞けますよ」
「クルトさん……!」
「なにか事情があるんでしょう?」
言いながら、クルトが紅茶の入ったティーカップをトレイにのせる。そしてそれを持って、クルトは応接間へと向かった。
◆
壁に耳をぴったりとくっつけ、中での会話に耳を澄ませる。クルトの言っていた通り壁は薄く、簡単に話を聞くことができた。
「それで、依頼とは?」
フランクの声がいつもより上擦っている。きっと緊張しているのだろう。
「わたくしの……姉を探してほしいんですわ」
「貴女の、姉を? でも、確か貴女の姉は……」
「亡くなった、ということになっていますわ。でもわたくし、諦められませんの。だって、姉の死体は見つかっていないんですから」
全身から血の気が引いていく。
メリナの言う通り、死体が見つかっているはずがない。こうして、テレサは今も生きているのだから。
でもまさか、メリナがテレサの死そのものを疑っていたなんて……!
「お願いですわ、フランク殿。わたくし、姉のことが大好きなんです。どうしても姉に会いたくて……」
「……ですが」
「もし姉が死んだという確固たる証拠があれば、わたくしも諦めますわ。でもそうじゃない限り、わたくしは姉を諦められませんの……」
すすり泣く声が聞こえてきて、気分が悪くなった。
私のことが大好き? そんな冗談、バウマン家じゃ下女だって信じないわよ!
「顔を上げてください、メリナ様。貴女のように美しい方に、涙は似合いませんよ」
いつも通りの、対女性用の甘ったるいフランクの声。
それがメリナに向けられたものだと思うと、泣きたいくらい腹が立った。
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