第34話 秘密

「テレンス、どうして応接間にこなかったんだ?」


 メリナが屋敷を後にしてから、フランクにそう尋ねられた。なんとなく、という言葉で誤魔化せないことはさすがに分かる。


 メリナは、テレサの捜索をフランクに依頼し、帰っていった。テレサ本人を見つけるか、あるいはテレサが死んだという決定的な証拠が欲しいのだと。


 今さら私を探し出して、あの子は何をするつもりなの?

 というかそもそも、どうしてフランク様に依頼したの?


 最近少しずつ評判がよくなってきているとはいえ、王都にはもっと評判のいい王都相談員はいる。


 まさか、私のことを怪しんでいる……とか?


 男として働いてはいるが、怪力という異能はかなり噂になってしまっている。消えた姉と同じ異能を持つ男を、メリナが怪しんでいるのかもしれない。


「テレンス。顔色が悪いぞ。どうした?」

「……」

「やっぱりお前、バウマン家と何かあるのか? 前も、バウマン家の馬車を気にしていただろう」


 何も答えられず、俯いて時間が過ぎるのを待つ。

 しかしフランクは立ち去らず、テレサの腕をぎゅっと掴んだ。


「そんなに、俺は信用できないか?」

「そういうことじゃ……」

「だったら、なんで何も言わないんだ」


 フランクの声には、苛立ちが滲んでいた。こんな彼の声を聞くのは初めてで、心臓がきゅっと締めつけられる。


 フランクのことを信頼していないわけじゃない。

 だけど、本当のことを伝えるのは怖い。


 だって、今までずっと、男として接してきたのよ。

 女だと打ち明けたら、きっと何かが変わってしまう。


「もういい」


 はあ、とフランクは溜息を吐いた。


「俺は彼女の依頼を受けた。お前が何も言わないからな。何もないなら、依頼を断る理由もない」

「……フランク様」

「今から、彼女の姉についてなにか情報がないか聞き込み調査に行ってくる。お前は好きにするといい」


 そう言って、フランクは屋敷を出ていってしまった。





「どうしたらいいの?」


 ぼふ! と思いきり枕を殴りつける。何度殴っても、枕は文句の一つも言わない。


「……フランク様、私のどんな話を聞くのかしら」


 世間にあるテレサの噂は、全てメリナによって作られた嘘だ。

 でも、誰もそれを知らない。聖女であるメリナが実の姉を悪く言うなんて、考える人すらいないだろう。


 フランク様は、噂を信じてしまうかしら。

 私がテレサだってことを知らないんだから、信じてもおかしくないわ。


 考えただけで憂鬱になって、口から溜息がこぼれる。

 ごろん、とベッドに横たわってリラックスしてみても、いい考えなんて思い浮かばなかった。





「テレンス、おい、起きろ、テレンス、おい!」


 身体を派手に揺さぶられ、重たい瞼をゆっくりと持ち上げる。

 どうやらいつの間にか、眠ってしまっていたみたいだ。


「……フランク様?」

「なんで追いかけてこないんだ」

「え?」

「普通追いかけるだろう、あの状況は! 待ってたんだぞ俺は!」

「……待ってたんですか?」


 ああ! と頬を膨らませて頷くフランクを見ていると、なんだか悩んでいたのが馬鹿らしく思えてきた。


 この人になら、本当のことを打ち明けたっていいんじゃないだろうか。


 それに、ずっとこのまま黙っているわけにもいかないだろうし。


「フランク様」

「なんだ?」

「今まで、フランク様に隠していたことがあるんです。僕の話、聞いてくれますか?」


 真剣な表情と声で問うと、フランクは緊張した顔を浮かべた。


「……もちろん」

「聞いても、変わらずに傍においてくれると、約束してくれますか?」

「そんなにすごい秘密なのか?」

「たぶん、びっくりはするかと」

「……覚悟は決めた。何でも言ってくれ」


 翡翠色の瞳にじっと見つめられ、鼓動が少しだけ速くなる。相変わらず、本当に綺麗な顔だ。


「バウマン家の長女を探せ、という依頼を受けたでしょう」

「ああ」

「それ、僕なんです」

「……は?」


 大きく口を開け、フランクは目を真ん丸にしてテレサを見つめた。

 とびきり美形なくせに、かなり間の抜けた表情である。


「ど、どういうことだ? 探してるのはバウマン家の長女だろう? 実は長男を探しているのか?」


 なあ、と混乱しきったフランクがテレサの腕をぎゅっと掴んだ。


 軽く深呼吸して、フランクの手をぎゅっと握る。滑らかな、傷一つない手のひらだ。


「フランク様」


 真実を告げれば、フランクの態度が変わってしまうかもしれない。今までと全く変わらずにいることはできないだろう。


 でもこれ以上、フランク様に嘘をつき続けることもできないわ。


「僕、本名はテレンスじゃなくて、テレサなんです。そして本当は、男でもない」

「……そんな」

「僕……いえ、私は、正真正銘の女なの」


 勢いよくフランクが立ち上がった拍子に、ガタッ、と近くにあった椅子が倒れた。それを元に戻す余裕もないまま、フランクは震えている。


「つ、つまり俺は……女相手に、散々情けない姿を晒してたってことか!?」

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