第34話 秘密
「テレンス、どうして応接間にこなかったんだ?」
メリナが屋敷を後にしてから、フランクにそう尋ねられた。なんとなく、という言葉で誤魔化せないことはさすがに分かる。
メリナは、テレサの捜索をフランクに依頼し、帰っていった。テレサ本人を見つけるか、あるいはテレサが死んだという決定的な証拠が欲しいのだと。
今さら私を探し出して、あの子は何をするつもりなの?
というかそもそも、どうしてフランク様に依頼したの?
最近少しずつ評判がよくなってきているとはいえ、王都にはもっと評判のいい王都相談員はいる。
まさか、私のことを怪しんでいる……とか?
男として働いてはいるが、怪力という異能はかなり噂になってしまっている。消えた姉と同じ異能を持つ男を、メリナが怪しんでいるのかもしれない。
「テレンス。顔色が悪いぞ。どうした?」
「……」
「やっぱりお前、バウマン家と何かあるのか? 前も、バウマン家の馬車を気にしていただろう」
何も答えられず、俯いて時間が過ぎるのを待つ。
しかしフランクは立ち去らず、テレサの腕をぎゅっと掴んだ。
「そんなに、俺は信用できないか?」
「そういうことじゃ……」
「だったら、なんで何も言わないんだ」
フランクの声には、苛立ちが滲んでいた。こんな彼の声を聞くのは初めてで、心臓がきゅっと締めつけられる。
フランクのことを信頼していないわけじゃない。
だけど、本当のことを伝えるのは怖い。
だって、今までずっと、男として接してきたのよ。
女だと打ち明けたら、きっと何かが変わってしまう。
「もういい」
はあ、とフランクは溜息を吐いた。
「俺は彼女の依頼を受けた。お前が何も言わないからな。何もないなら、依頼を断る理由もない」
「……フランク様」
「今から、彼女の姉についてなにか情報がないか聞き込み調査に行ってくる。お前は好きにするといい」
そう言って、フランクは屋敷を出ていってしまった。
◆
「どうしたらいいの?」
ぼふ! と思いきり枕を殴りつける。何度殴っても、枕は文句の一つも言わない。
「……フランク様、私のどんな話を聞くのかしら」
世間にあるテレサの噂は、全てメリナによって作られた嘘だ。
でも、誰もそれを知らない。聖女であるメリナが実の姉を悪く言うなんて、考える人すらいないだろう。
フランク様は、噂を信じてしまうかしら。
私がテレサだってことを知らないんだから、信じてもおかしくないわ。
考えただけで憂鬱になって、口から溜息がこぼれる。
ごろん、とベッドに横たわってリラックスしてみても、いい考えなんて思い浮かばなかった。
◆
「テレンス、おい、起きろ、テレンス、おい!」
身体を派手に揺さぶられ、重たい瞼をゆっくりと持ち上げる。
どうやらいつの間にか、眠ってしまっていたみたいだ。
「……フランク様?」
「なんで追いかけてこないんだ」
「え?」
「普通追いかけるだろう、あの状況は! 待ってたんだぞ俺は!」
「……待ってたんですか?」
ああ! と頬を膨らませて頷くフランクを見ていると、なんだか悩んでいたのが馬鹿らしく思えてきた。
この人になら、本当のことを打ち明けたっていいんじゃないだろうか。
それに、ずっとこのまま黙っているわけにもいかないだろうし。
「フランク様」
「なんだ?」
「今まで、フランク様に隠していたことがあるんです。僕の話、聞いてくれますか?」
真剣な表情と声で問うと、フランクは緊張した顔を浮かべた。
「……もちろん」
「聞いても、変わらずに傍においてくれると、約束してくれますか?」
「そんなにすごい秘密なのか?」
「たぶん、びっくりはするかと」
「……覚悟は決めた。何でも言ってくれ」
翡翠色の瞳にじっと見つめられ、鼓動が少しだけ速くなる。相変わらず、本当に綺麗な顔だ。
「バウマン家の長女を探せ、という依頼を受けたでしょう」
「ああ」
「それ、僕なんです」
「……は?」
大きく口を開け、フランクは目を真ん丸にしてテレサを見つめた。
とびきり美形なくせに、かなり間の抜けた表情である。
「ど、どういうことだ? 探してるのはバウマン家の長女だろう? 実は長男を探しているのか?」
なあ、と混乱しきったフランクがテレサの腕をぎゅっと掴んだ。
軽く深呼吸して、フランクの手をぎゅっと握る。滑らかな、傷一つない手のひらだ。
「フランク様」
真実を告げれば、フランクの態度が変わってしまうかもしれない。今までと全く変わらずにいることはできないだろう。
でもこれ以上、フランク様に嘘をつき続けることもできないわ。
「僕、本名はテレンスじゃなくて、テレサなんです。そして本当は、男でもない」
「……そんな」
「僕……いえ、私は、正真正銘の女なの」
勢いよくフランクが立ち上がった拍子に、ガタッ、と近くにあった椅子が倒れた。それを元に戻す余裕もないまま、フランクは震えている。
「つ、つまり俺は……女相手に、散々情けない姿を晒してたってことか!?」
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