第32話 やっぱり可愛い
「……あ、いや、えっと、僕は女装してオルタナシアに……」
「いやでも、貴女、女性ですよね?」
カーラが手を伸ばし、そっとテレサの手に触れた。そして、やっぱり、と確信したように呟く。
「私の異能は、触れた異性を魅了すること。だからか、触れた時に、相手が能力の対象者かどうか……つまり、異性かどうかが分かるんです」
だから、とカーラはテレサの目を見つめた。その瞳に戸惑いはあるが、迷いはない。
「貴女が本当に女だってことは、分かってたんです」
どうしよう。
バレちゃった。私が、本当は女だってこと……!
潜入捜査が終わり、カーラにはもうフランクの下で働いていることを伝えている。
もし彼女がこの秘密を人にバラして、その話が広まってしまったら?
怪力という異能を持った女が、名前や性別を偽って働いている。
それがもしバウマン家に伝われば、間違いなくテレサではないかと疑われてしまう。確信はなくても、一目顔を見て確かめようとするかもしれない。
テレサにはもう、彼らに従う理由はない。
だが、彼らが権力をひけらかし、フランクを脅せばどうなる? テレサを返せと大貴族から脅されて、フランクはそれを拒んでくれるだろうか。
もし拒んでくれたとしても、きっと、フランク様にすごく迷惑をかけてしまうわ……!
「リリーさん」
「……は、はい」
「本当の名前と、本当のことを教えてくれませんか。私たちは、友人なんでしょう?」
どくん、どくんと心臓がうるさい。だって、この秘密を誰かに打ち明けるのは初めてだから。
でも、今さら誤魔化すことはできないわ。
それに私は、友人としてカーラさんと向き合うことを決めたんだもの。
「食事をしながら、話を聞いてもらってもいいですか?」
「もちろんです!」
そう言って頷いたカーラさんの笑顔が眩しくて、私はなんだかほっとした。
◆
「……というわけで、家から逃げるために男装してるんです」
バウマン家を出てから今に至るまでの事情を、ざっとまとめてカーラに説明した。そうだったんですね、とカーラが神妙な面持ちで頷く。
「私が女だということは、秘密にしててもらえますか?」
「もちろんです。テレサさんの秘密をばらしたって、私にはいいことなんてありませんから」
テレサ、と本名で呼ばれるのはずいぶんと久しぶりだ。なんだか、ちょっとだけ温かい気持ちになる。
この名前は、母親がつけてくれた大切な名前だから。
「カーラさんは、お仕事見つかりましたか?」
「はい、実は……住み込みのお仕事が見つかって。今はそこに住んでるんです」
「えっ、そうなんですか!?」
びっくりして声が大きくなってしまう。目立ちますよ、とカーラに言われた時には既に遅く、周囲の視線を独占してしまっていた。
「それから、テレサさん。お互い、敬語はやめにしませんか?」
カーラからの思いもよらない提案に少しだけ驚いた。
でも、すごく嬉しい提案だ。
「ぜひ、そうしてもらえると嬉しいわ」
「テレサさんって、そんな口調だったんだね」
お互いにちょっと慣れなくて、ふふ、と笑い合う。何気ない会話だけれど、テレサにとっては特別だ。
秘密がバレた時は焦ったけど、結果として、素で話せる友達ができたわ。
「それで、カーラの新しいお仕事って?」
「お菓子屋さんなの。……結構力仕事だし、大変なんだけど。でも、小さい子供や女の人が、ありがとうって言ってくれるのが嬉しくて」
カーラはにっこりと笑うと、グラスに注いであったワインを一気飲みした。
妓楼育ちなだけあって、カーラはかなりの酒豪である。
「しばらくは、男とは極力関わりたくないの。だから、女性しかいない店で働いているんだ」
カーラのすっきりとした表情を見ていると、それで正解だったのだと分かる。
彼女は長い間男性を騙し、そして、翌日にその男性から怒鳴られる日々を過ごしてきた。しばらくは男性と関わりたくないと思うのは当然だ。
「テレサも今度、お菓子を買いにきてくれる? まあ、まだ雑用ばかりで、私の作った物を売ってるわけじゃないんだけど」
「絶対行くわ。店の名前と場所、教えてくれる?」
メモをとるために懐から紙とペンを取り出すと、もちろん、とカーラはとびきりの笑顔で頷いてくれた。
◆
なんか、ちょっと遅くなっちゃったかしら?
カーラとの会話が思っていたよりも盛り上がり、店を出るのが少しだけ遅くなってしまった。
駆け足で屋敷へ戻り、鍵を開けて扉を開ける。するとそこには、分かりやすく頬を膨らませたフランクが立っていた。
「遅くなって申し訳ありません」
中からはいい匂いがする。きっと、クルトの料理はもう完成しているのだろう。
「……遅い」
「えーっと……もしかして、拗ねてます?」
「ああ。拗ねてる。それも、かなりだ」
そう言いながら胸を張ったフランクがやっぱり可愛くて、すいません、と再び頭を下げながら、テレサは笑ってしまった。
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