第31話 女性ですよね?

「今回の依頼は長丁場だったな」


 重たそうな布袋の中を覗き込みながら、フランクがにっこりと笑う。中に入っているのは銀貨や金貨で、依頼人から報酬としてもらったものだ。


 ジョバンニとアイーダが逮捕され、オルタナシアは営業できなくなった。そのため、依頼人が経営する妓楼の営業成績が元に戻ったのだという。


「それで、お前は今日あの女とデートなんだろう?」

「ただ食事に行くだけです」

「給料をやるから、美味い飯でも奢ってやるといい」


 笑いながら、フランクが銀貨を数枚くれた。これだけあれば、それなりに高級なレストランでも食事ができるだろう。

 もっとも、今日カーラと一緒に行く予定なのは安い大衆居酒屋なのだが。


 この誤解、さっさと解いちゃいたいけど……フランク様からすれば、そう見えちゃうのも仕方ないわよね。


 自分は女で、カーラとは単純に友達になりたいだけだ。けれどまだ、女だという秘密を明かすわけにはいかない。


「……フランク様は、デートをするお相手はいらっしゃらないんです?」

「何を言っているんだ? 俺が手をあげれば、いくらでも女は寄ってくるぞ」

「そうじゃなくて、誘いたい相手はいないのかって聞いてるんですけど」


 テレサの言葉に、フランクは力強く頷いた。


「俺より美しくない人間を誘う気にはなれないな」

「貴方って人は本当に……!」

「まあ、どうしてもと強く誘われたら、応じてやらないこともない」


 こんな面倒くさい性格をしていなければ、今ごろ大量に恋人がいそうなのに。いや、それはそれで問題よね。


 フランクは貴族だが、下級貴族だ。おそらく、待っていてもいい縁談が飛び込んでくるわけじゃない。

 とはいえこの美貌なら、それを活かした縁談話がもちかけられそうではある。


 もしかして、それが嫌で、こうして王都相談員をしている面もあるのかしら?


 たとえば、家柄がよく、金もあるが年増の女。そんな相手が結婚を申し込んできたとすれば、フランク自身は嫌だろうが、両親は歓迎するかもしれない。


「テレンス? どうかしたか?」

「いえ」

「もしかして、俺からデートの助言が欲しいのか?」

「だから違うんですってば……」


 何度否定しても、フランクは全然信じてくれない。


「まあ、あまり遅くなるなよ。今日の夜は、クルトが御馳走を用意すると言っていたからな」

「分かりました」

「だからといって、昼間から宿に連れ込むのもやめておけ。品性を疑われるぞ」

「絶対、そんなことしませんから!」


 テレサが大声で言うと、それならいい、とフランクは満足げに笑った。デートを応援してくれるくせに、遅くなる前に帰ってこいとは面倒な上司である。


「すいませんね、テレンスさん」


 話に入ってきたのはクルトだ。フランクに命じられ、紅茶を淹れてくれたのである。


「フランク様は、テレンスさんが遊びに行くのが寂しいんですよ。フランク様には友人がいらっしゃいませんから」

「何を言ってるんだ、クルト!」

「だからわざわざ、テレンスさんが出かける日に御馳走を作れと言ったんでしょう? 別の日にすればいいのでは、と何度も申し上げましたのに」


 クルトにそう言われ、フランクの顔がゆっくりと赤くなっていく。肌が白いから、変化が分かりやすい。


「フランク様は可愛らしい方なんですよ、テレンスさん」


 そう言ってフランクを見つめるクルトの瞳はとても優しい。きっと幼い頃から、この瞳でずっとフランクを見守ってきたのだろう。


「ええ、そうですね。僕もそう思います」

「急になんなんだ、お前らは! 俺が可愛いのは事実だが!」


 喜んでいるのか怒っているのか分からない顔で言うと、フランクは息を吐いてテレサを見つめた。


「とにかく、早く帰ってこい。いいな!?」

「はい」


 本当にこの人ったら、可愛すぎるわ。





 ジョバンニとアイーダを殴ってから、今日で七日目だ。カーラはオルタナシアを出て職を探すと言っていたが、上手くいっているだろうか。


 待ち合わせ場所の居酒屋前には、既にカーラがきていた。地味な麻色のワンピースを着て、髪は三つ編みにしている。

 派手な装いではないが、背筋がピンと伸びていて、遠くからでも明るい雰囲気を纏っているのが分かった。


 よかったわ。


「カーラさん!」


 名前を呼ぶと、カーラが顔を上げた。テレサの姿を見て、驚いたように目を見開く。


「リリーさん……ですよね?」

「はい」

「えっと……どうして、男装姿なんです?」

「え?」

「だってその、貴女は……女性ですよね?」

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