第15話 初めての給料

「テレンス、今月の給料だ」


 そう言って、フランクはテレサに茶色い封筒を手渡した。残念なことに分厚くはないが、それほど薄くもない。


 レストランの厄介な客を追い払って以来、順調に仕事の依頼が増えている。

 破落戸たちへの対応が主な依頼だが、警備の仕事なんかもたまにある。


「お前のおかげで、今までで一番稼げた。ありがとう」

「はい」


 フランク様はほとんど何もしていませんよね、とは言わない。

 実際に依頼をこなしたのはテレサだが、フランクはいつもついてきてくれたのだ。


「今日は依頼もない。買い物にでも出かけたらどうだ?」

「買い物、ですか」

「お前は服もろくに持っていないだろう」


 フランクの言う通りだ。バウマン家からはほとんど何も持たずに飛び出してきたのだから。

 そのため、約一ヶ月が経った今でもテレサの部屋はがらんとしている。


 貯金もしておきたいけど、少しくらい使ってもいいはずだわ。


「じゃあ、お言葉に甘えて、少し出かけてきます」


 そう言ってテレサが立ち上がったのと同時に、フランクも椅子を立った。

 そして、にっこりと笑って言う。


「俺も行くぞ、テレンス」


 この人、自分が買い物に行きたかっただけじゃないのかしら。





 昼過ぎの王都はとても賑やかだ。大通りに面した店の中は、どこも多くの客がいる。


「なにか見たい物はあるか?」

「そうですね。とりあえず服でしょうか」

「よし。俺のおすすめの店に連れていってやろう」


 フランクは得意げな顔で言うと、歩くペースを速めた。

 服のセンスは悪くないから、それなりの店を教えてくれるはずだ。


 それに私、男物の服って、いまいちまだ分からないんだもの。


 以前男物の服を買った時は変装することに必死で、デザインについてはほとんど何も考えなかった。

 気にしたことといえば、値段くらいだ。


 バウマン家にいた頃だって、好きな服を選ぶことはできなかった。

 テレサに与えられるのはいつも古くてみっともない服ばかりで、サイズが合っていない物も多かった。


 メリナの服は、部屋着だって舞踏会へ行けそうなほど可愛いものばかりだったのに。


「テレンス? どうかしたか?」

「いえ。なんでもないです」


 頭を振って、脳内からメリナを追い出す。彼女ことなんて、思い出す必要はないのだから。





「ここだ」


 フランクが紹介してくれた洋服店は、かなり大きい店だった。男性向けの服だけでなく、女性向けのものも販売しているようだ。


「値段も比較的手を出しやすい。普段着にするなら十分だぞ」


 試しに、近くにあったシャツを一枚手にとる。安価というわけではないが、確かに、払える額ではある。


 とりあえず、シャツを何枚か買っておくのが一番いいかしら。

 今は家を飛び出した時に買ったものと、洗濯時にクルトさんがくれたものしかないもの。


 フリルがついたもの、上質な生地でできたもの……いろいろあるが、安価なものを数枚買うべきかもしれない。

 そんなことを思いながら店内を歩いていると、桃色のワンピースが目に入った。


 人気商品なのか、トルソーに着せて目立つ位置においてある。


 メリナが着ていた物に似ているわ。もちろん、これとは比べ物にならない高級品だったけれど。


 メリナは白や桃色の可愛らしい服が好きで、よく着ていた。そして、お姉さまのように女性らしくない人には似合わないでしょうね、なんて嫌味を言ってきたものだ。


 私は背も高いし、顔もきつい。あの子の言う通りこんな服は似合わないに決まってるわ。


 今ではそう納得しているし、甘ったるいデザインの服を着たいとも思わない。でも小さい頃は、悲しくてこっそり泣いていた。


 溜息を吐く。あの子のことなんて考えたくないのに、私の日常には、メリナの記憶がこびりついているのだ。


 ワンピースの前を離れる。店の隅にいくと、ネクタイや帽子など、小物類が並べられていた。


「……これ、綺麗な色」


 テレサが目を奪われたのは、一つの耳飾りだった。花をモチーフにした繊細な耳飾りで、銀色の花の中央に翡翠色の石が埋め込まれている。

 値段からして、本物の翡翠ではなく、おそらくガラスだろう。けれど、美しいことに変わりはない。


 耳飾りなんて、つけたことないわ。

 動いたらすぐとれちゃいそうだけど、舞踏会ではダンスをするのよね。意外と落ちないものなのかしら?


 つい手にとって、じっと眺めてしまう。


「それ、気に入ったのか?」


 いつの間にか、隣にフランクがきていた。彼はジャケットを一枚と、シャツを一枚手に持っている。

 どちらも華やかで、彼に似合いそうなものだ。


「い、いえ、そんなことは……それに、これは女性物でしょう」

「確かに、そうだろうな」


 フランクは耳飾りをテレサの手から奪った。


「だが、気に入ったなら、別に男のお前がつけてもいいだろう」

「でも、似合わないですよ、そんなの」


 フランク様のように甘い顔立ちであれば、女性向けの耳飾りだって似合うのでしょうけれど。


「そうか? お前、俺には及ばないが、なかなか綺麗な顔をしているだろう」


 そう言うと、フランクはよし、と頷いた。


「俺が買ってやろう。どうやらお前は、自分で買うほど素直にはなれないらしいからな」


 はは、と笑って、フランクがレジの方へ去っていく。


「……フランク様だって、お金ないくせに」


 そう呟いた自分の声があまりにも嬉しそうで、テレサは両手で顔を覆った。





「カフェで休憩でもするか?」


 店を出ると、フランクが近くのカフェを指差しながら言った。


「そうですね。せっ……」


 せっかくですし、と最後まで口にすることはできなかった。

 目の前の道を、見慣れた馬車が通ったからだ。


 バウマン家の家紋が描かれた立派な馬車。馬車を引くのは美しい白馬。

 そして……。


 窓から見えたのは、メリナの横顔だった。

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