第14話 万事解決!
「おい、ビール。ビール持ってこい!」
背が高い方の男が大声で叫ぶ。もう一人の小さいが横幅のある男は、下卑た笑い声をあげた。
「つまみもちゃんと持ってこいよ。俺たちは腹が減ってるんだ。ほら、早くしろ!」
店主が慌ててビールを運んでいるというのに、背が高い男は不満げにそう怒鳴った。
しかも怒鳴るだけではなく、誰も座っていない近くの椅子を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた椅子が他の客にぶつかっても、男は謝ろうともしない。それどころか、怯えた様子の客を見て笑っている。
彼らがやってきたことで、店の明るく楽しげな雰囲気は一瞬で消えてしまった。
そそくさと身支度を整え、店から出て行こうとする人もいる。
「完全に営業妨害だな、これは」
小さな声でフランクが呟く。ですね、とテレサは頷いた。
こんな風に暴れる人がいたら、美味しいご飯も不味くなっちゃうわ。
今日ここに居合わせた人たちは、もうこの店にきてくれないかもしれない。
彼らのような迷惑な客の来店が続けば、店自体が潰れてしまうことだってあり得るだろう。
「あんな風に騒がれたら、酒がまずくなる」
テレサはわざと大きな声でそう言った。その声に反応したのは、なにも破落戸たちだけではない。
店内にいた他の客も、慌てたようにテレサを見ている。
「なんだ? 今、俺らに言ったのか?」
破落戸たちは立ち上がると、テレサを見下ろして睨んできた。体格差は一目瞭然である。
なにも知らない人が見たら、テレサが馬鹿なことをしたと思うに違いない。
「はい。貴方たちのせいで、酒がまずくなると言ったんです。野蛮な振る舞いはやめていただけませんか」
言葉だけは丁寧だが、テレサの口調はかなりきつい。怒りを自分に向けさせるためである。
こいつらの怒りが店主やフランク様に向いたら、面倒だもの。
「お前、いい加減にしろよ」
背が高い方が、ぐっとテレサとの距離を詰めた。しかしテレサは一歩も引かず、男を睨み続ける。
全然怖くないわ、こいつらなんて。
だって今の私は、我慢をする必要なんてないんだもの。
バウマン家にいた頃は、どれだけ嫌なことを言われても、黙って耐えるしかなかった。
もしテレサが怒りに身を任せてメリナやその母を殴れば、嫌がらせを受けるのはテレサの母親だと分かっていたから。
「今なら、金を払えば許してやるぞ」
背が低い方の男がにやにやと笑いながら言ってきた。無銭飲食をするような連中だ。どうせ、あちこちで人を脅し、金を巻き上げているのだろう。
殴るのに躊躇う理由なんて、微塵もない。
「そうですか。僕としては、お金をもらっても許す気はありませんけれど」
怒りで目を見開いた男たちが、左右両方から襲ってくる。それをさらりとかわし、テレサはまず背が高い男の腹を蹴った。
すると、勢いよく男が飛んでいく。そして、派手な音を立てて地面に落ちた。
「お、お前……!?」
もう一人が、怯えたような眼差しを向けてくる。細身のテレサが、ここまでの怪力だとは想像すらできなかったのだろう。
「う、うおおお……っ!」
呻き声を上げながら男が向かってきた。この場から逃げないだけ、男気があると言っていいのかもしれない。
しかしちっぽけな男気など、テレサの怪力の前では無力である。
ドカッ! とテレサは男の顔面を殴りつけた。先程の男と同様に飛んでいく。
「これ以上、まだ殴られたいですか?」
返事はない。近づいて確認すると、既に二人は意識を失っていた。
「終わりましたよ」
振り向いて、フランクに報告する。すると、彼は満面の笑みで拍手をしてくれた。その拍手が、ゆっくりと店全体に広がっていく。
「お前、すごいな!」
「あんな大男を吹っ飛ばすなんて、想像もしてなかったぞ」
「なんか飲むか? 俺が奢ってやる!」
店の端に寄っていた客たちがテレサを取り囲み、笑顔で褒めてくれる。
少々戸惑っていると、涙目になった店主もやってきた。
「ありがとうございます! 貴方のおかげで、この店は救われました」
「いえ、頼まれたことをしたまでです。これほど痛めつければもうこないとは思いますが、なにかあればすぐに呼んでください」
男たちは、テレサが店主の依頼を受けていたことを知らない。彼らの個人的な怒りの矛先が向くとしたら、きっとテレサのはずだ。
まあ、ここまで痛めつけられても挑んでくるほど、気概があるようには見えないけど。
「本当にありがとうございます。さあさあ、今日はなんでも食べてください! 酒も好きなだけ飲んでくれていいですから!」
店主に腕を引かれる。目が合うと、フランクが優しく微笑んだ。
みんなが私に感謝してくれている。
私の怪力が、みんなの役に立ったんだわ!
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