第12話 初めての依頼

 少女からもらったパンを持ち帰り、昼食としてクルトと共に食べた。

 クルトが温かいスープを用意してくれていたため、テレサにとってはかなり立派な昼食である。


「昼からはどうするんですか。本当に休みですか?」


 食事を終えたテレサが尋ねると、フランクは大きなあくびをした。

 どうやら昼食を食べて眠くなってしまったらしい。


「そうだな。まあ、またパトロールに行ってもいいんだが……」


 言いながら、フランクはまた大きなあくびをする。呆れたクルトが溜息を吐いた時、玄関の扉がノックされた。


「クルト、出てくれ。あ、押し売りには頷くなよ。勧誘も断っておいてくれ」

「分かりました」


 そう答えたクルトが玄関に向かう。

 どうやら、ここに客人がくる可能性は極めて低いらしい。


「俺はちょっと昼寝する」


 そう言うと、フランクはそのままテーブルに突っ伏した。そして、十秒も経たないうちに寝息が聞こえてくる。


 どれだけ寝つきがいいのよ、この人。

 っていうか、寝るなら部屋に戻ればいいのに。


 ただ、寝顔は抜群に綺麗だ。喋らなければ、彼はただの美男子なのである。


 毛布でもかけてあげよう、とテレサが親切なことを考えたところで、どたばたと足音を立ててクルトが戻ってきた。


「大変です! え、この一瞬で寝ちゃったんですか、フランク様!」


 クルトはフランクの肩を掴むと、力強く揺さぶった。どうやら、遠慮というものは存在しないらしい。


 バウマン家では使用人がこんな態度をとるなんて、考えられなかったわ。


 テレサへの態度もそうだが、フランクは目下の人間に対して横柄なところがない。威張ったり偉そうにすることはあるが、なんというか、可愛げがあるのだ。


「起きてください、フランク様!」


 なかなか起きないフランクにしびれをきらし、クルトがさらに派手にフランクを揺さぶる。

 それでも起きないフランクに溜息を吐くと、クルトはテレサへ視線を向けた。


「仕方ありません。殴ってください、テレンスさん」

「え?」

「主を傷つけるのは心苦しいですが、緊急事態ですから」


 クルトがそう言った瞬間、フランクが椅子から立ち上がった。


「起きてる、起きたから! 殴るのはやめてくれ!」

「そうですか」


 なぜか少しだけ残念そうにクルトは言うと、真剣な表情になってフランクとテレサを交互に見た。


「なんと、依頼人がきたんです。しかも、男性の」

「男の!?」


 フランクが飛び上がって驚く。


「はい。フランク様が王都相談員となり、女性からの依頼……というかお誘いは何度もありましたが、男性のお客様は初めてです」

「ほ、本当に依頼人なんだよな? 俺に女を奪われたとか言ってなかったか?」

「はい。フランク様に、依頼したいことがあると」


 ぱあっ、と瞳を輝かせ、フランクはテレサを見つめた。


「やったぞ、テレンス! さっそく、今日の宣伝の効果が出たんじゃないか?」


 飛び跳ねて喜ぶと、フランクは玄関へ走っていった。

 用心棒として、テレサも慌てて玄関へ向かう。


 私にとっても初めての依頼だわ。

 上手く仕事をこなしていい評判が広まったら、もっと仕事がくるはず。

 そうすれば、お母様の故郷を買いとるためのお金だってたまるかもしれない。


 どんな依頼かは分からないが、必ず成功させなくては。





 玄関にいたのは、小太りの中年男性だった。

 下がり眉が印象的な、人がよさそうな顔をした男である。


「今日はどのようなご依頼でしょうか。お困りごとがありましたら、どんなことでもご相談ください」


 なんか、まるで別人みたいだわ。

 外面を取り繕うのは上手いみたいね。


 今のフランクは、優雅で上品な美青年にしか見えない。


 中身の残念さが、全く分からないわ。


「ありがとうございます。その、ちょうど困っていたところに、フランク様の噂を聞きまして、藁にも縋る気持ちで……」


 どうやら、本当に今朝の宣伝効果があったみたいだ。


「それで、なにがあったんです?」


 しびれを切らしたように、フランクが前のめりになる。


「実は、私はレストランを経営しているのですが、最近そこに迷惑な客がくるのです」

「迷惑な客?」

「はい。大騒ぎして他の客に迷惑をかけたり、ツケだと言って料金を支払わなかったり……その上乱暴で、この前は殴られました」


 依頼人が服の袖をめくると、痛々しい痣があった。


 なるほど。レストランにやってくる無法な客、ね。

 しかも、一応ツケだと店主に認めさせている、という体裁をとっているのも最低だわ。


「分かりました。このフランクにお任せください」

「あ、ありがとうございます!」

「応接間があるので、そこで詳しい話をお聞かせください」


 そう言って、フランクは依頼人を応接間へ案内する。

 テレサと目が合った一瞬で、フランクは華麗にウインクをした。


 よろしく、ってことなのかしら?


 乱暴者が相手の仕事なら、テレサの担当だ。フランクはおそらく何もできないだろう。

 それに、それほど複雑な依頼でもない。


 これなら、初めての依頼はなんとかなりそうだ。

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