第11話 枯れない花
「それにしても、メリナ様が第二王子と婚約とはなあ」
「まあ、メリナ様はお美しいし、バウマン家の跡継ぎだ。ぴったりじゃないか?」
テレサが動けずにいると、二人組はメリナをひたすら褒め続けた。
性悪なメリナは、外面だけはいいのだ。街の人々からも、美しい聖女だと慕われている。
「それに、腹違いの姉の死をこんなに悼んで……最近はずっと喪服で過ごしているらしいしな」
「そうそう。しかも、公爵に頭を下げて、姉の母親に高い薬を買うように頼んでいたんだろう? 本当、できた人だ」
違うわよ! と話に割り込んでやりたくなる。
母が薬をもらえていたのは、テレサが使用人以下の扱いに耐えながら頑張っていたから。そして、父が母への愛情を少しは持っていたから。
メリナのおかげなんかじゃない。
昔からこうだ。家の外で好き勝手なことを言い、健気で優しい聖女様、というイメージを作る。メリナはそういう女なのだ。
悔しくてぎゅっと拳を握り締めた時、テレンス、という明るい声が頭上から聞こえた。
「どうかしたか?」
「フランク様……いえ、なんでもないんです」
メリナやバウマン家のことなんて、気にするだけ無駄だ。家を捨てて逃げ出したテレサには、もう関係のないことなのだから。
そうよ。私はもう自由なの。あの子たちにどう言われようが、気にする必要なんてないわ。
「そうか。でも、疲れているようだし、そろそろ帰るか?」
「……はい」
「明日からは依頼が大量に舞い込んでくるかもしれないからな。明日に備えて、今日はいっぱい休むぞ」
「でも、まだ昼にもなってませんけど」
早朝に家を出たため、まだ昼前だ。
まあ、休みたくないわけではないのだが。
「そういえばそうだな。家に帰って、一回昼飯を食ってから考えよう。腹が減っていると、ろくな考えが浮かばないからな」
そう言ってフランクが歩き始めたため、テレサもその後をついていった。
ふと振り返ると、メリナについて話していた二人組と目が合う。
あの二人、まだいたんだ。
フランクがきてから、あの二人の会話が全く耳に入ってこなくなった。てっきり、どこかへ行ったのだろうと思ったのに。
「テレンス、花は好きか?」
「えっ? あ、えっと……普通、ですかね」
「そうか」
フランクは花売りの少女の前で立ち止まり、やあ、と声をかけた。
「美しい人、花を売ってくれないか?」
「まあ、フランク様! フランク様でしたら、無料で差し上げます。それと、今日のご飯はちゃんとあるんですか? 母に言えば、焼き立てのパンを用意してくれますけど」
どうやら、顔なじみの少女らしい。
しかも会話から察するに、少女から何度か食料をもらっているのだろう。
「ありがとう。君に会えて今日は本当に幸せだ」
「そんな……」
「花たちも、君のように美しい人に売られて幸せだろう」
歯の浮くような甘い台詞を言った後、フランクは懐から財布を取り出した。
「パンはありがたくいただくが、花は買わせてくれ。贈り物なんだ」
「贈り物? もしかして、誰か他の女の子にですか?」
少女が頬を膨らませると、フランクは慌てて首を横に振った。そして、テレサを指差す。
「あいつへのプレゼントだ」
「そうなんですね。じゃあ、どの花にします?」
少女が花の入った籠を見せると、フランクは迷うことなく一本の赤い薔薇を手にとった。
「これを」
「分かりました。パンを持ってくるので、ちょっと待っていてくださいね!」
フランクから受け取った金と引き換えに薔薇を渡し、少女は近くにあったパン屋へ入っていった。
おそらく、そこが彼女の家なのだろう。
「テレンス」
そっと花を差し出される。おずおずとそれを受け取ると、フランクが満面の笑みを浮かべた。
「お前にやる。特別な花だぞ」
「特別って……今、普通に買ってたじゃないですか」
「そういうことじゃない。それは、一生枯れない花だ。俺がいればな」
「……いつもそうやって、女性を口説いているんですか」
この顔にこんなことを言われたら、落ちてしまう人は少なくないだろう。
そう思いながら言ったのに、返ってきたのは予想とは違う返事だった。
「花を誰かに贈るのは初めてだ。というか俺は、女からなにかをもらうのは好きだが、あげるのは好きじゃない」
フランクが最悪なことを言ったタイミングで、先程の少女がパンを持って戻ってきた。
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