第9話 憎めない人

「お、お前、何者なんだ……!?」


 地面に転がった男のうちの一人……唯一意識を失っていない男が、震えながらテレサを見上げる。

 テレサはにっこりと笑って言った。


「王都相談員のフランク・フォン・フォーゲル様に仕える者です」

「フランク……? き、聞いたことないぞ」


 すう、とテレサは大きく息を吸い込んだ。

 あまり気は進まないが、主人の命令通り宣伝してあげよう。


 だってさすがに、女の人からお金をもらう手伝いはしたくないもの。


 顔だけはいいし、悪人ではない。しかしあの男は、女性に対して誠意が全くない。

 仕事だとしても、彼と一緒になって女性を騙すのは気が引ける。


 それなら、悪党を殴ってお金をもらった方が、ずっといい。


「皆さん、聞いてください! なにかあったら、すぐにフランク・フォン・フォーゲル様に相談すれば、こうして全て解決できますよ!」


 いきなりの大声にぎょっとした男の手首を掴む。

 逃がすわけにはいかない。


「貴方は、彼を襲おうとしましたよね」


 ちら、と中年男へ視線を向ける。

 助けてあげたというのに、なぜか中年男もテレサを見て震え始めた。


 怪力って、そんなに怖いのかしら。別に、むやみやたらに人を殴るわけじゃないのに。


「だ、だが、まだ何もしていない、ほ、本当だ……っ!」


 男が勢いよく土下座をした瞬間に、誰かに肩を掴まれた。

 振り向くと、満面の笑みを浮かべたフランクと目が合う。


「よくやった、テレンス。後は俺に任せておけ」

「……はい」


 私が男を倒すまでは近づいてもこなかったのに。

 まあでも、これ以上どうすればいいのかは分からなかったし、ちょうどよかったかもしれないわ。


「まだなにもしてないとしても、これからしようとした。それにお前は彼を恫喝し、怖がらせた。そうだろう?」


 堂々とした態度でフランクはそう言った。


「悪いことをしたら謝る。子供でも分かることだ」

「す、すいませんっ!」


 男は再び土下座し、地面に頭をこすりつける。

 そんな男を見て、フランクはにっこりと笑った。


「言葉だけでは誠意を感じられない。これは、大人なら分かることだ。そうだろう?」


 フランクはしゃがみ込み、笑顔のまま男に向かって手を差し出した。

 男は慌てて懐から財布を取り出し、中に入っていた札を全てフランクの手におく。


 きっちり枚数を数えてから、フランクは頷いて立ち上がった。


「よし。これに懲りたら、今後悪さをしないように」


 フランクの言葉を聞くと、男は倒れている仲間たちを放置して逃げていく。

 フランクは躊躇うことなく、倒れている男たちの懐へ手を突っ込んで財布を取り出した。


「意識がないからといって、謝罪を免れるわけじゃないからな」


 さすがにどうかと思いますよ、と言いかけてやめた。その金が自分の給料になるかもしれないと思うと、まあいいかという気分になったのだ。


「大丈夫でしたか」


 フランクは被害者である中年男に笑いかけ、先程の男からもらった金の半分を彼に手渡した。


「どうぞ。これはあの男からの謝罪だ。残りは助けてやった報酬として、俺がもらう」

「あ、ありがとうございます」


 頭を下げながら、男はきょろきょろと周りを見回した。

 いつの間にか、周りにはかなりの人が集まっている。


 私がさっき、大声で宣伝した効果があったのかしら?


「みんな、聞いてくれ。俺がフランク・フォン・フォーゲルだ。困っていることがあったら、すぐに相談してくれ。俺が助けてやろう」


 集まってくれた人たちが彼に拍手し始めた。


 実際に助けてあげたのは私なんだけど……。


 文句の一つでも言ってやろうか。そう思ってテレサが溜息を吐いた時、フランクは振り返って満面の笑みを浮かべた。


「なあ、テレンス。この金で美味い物でも買って帰らないか。クルトもきっと喜ぶぞ!」


 子供みたいに無邪気な笑顔だ。金を手に入れて上機嫌なのが分かりやすい。


「ええ、そうしましょうか」

「何が食いたい? これだけあれば、いろいろ買えるぞ」

「もしかして全部使う気ですか? だめですよ。貴重なお金なんですから」


 テレサがそう言うと、フランクは唇を尖らせた。


 本当、子供っぽい人だわ。


 情けないし、これといった取柄もないし、女癖も悪い。


 でもなんか、憎めない人よね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る