第8話 一発、殴らせてもらいますね
窓から差し込む太陽の日差し……ではなく、テレサは騒々しい音で目を覚ました。
ゴンゴン! と激しく扉を叩いているのは、絶対にクルトではないだろう。
「起きろ、おい、起きろ、テレンス!」
案の定、扉の外からフランクの声が聞こえてきた。テレサは溜息を吐きつつ、仕方なくベッドを下りる。
「起きましたから!」
寝癖を整えることを諦め、寝起きの顔のまま扉を開ける。
そこには、完璧に身なりを整えたフランクが立っていた。
「寝坊だぞ」
「寝坊もなにも、起きる時間なんて言われてないんですが……」
「そうだったか? そういえば、そうだったかもしれないな。悪い悪い」
悪いと思っていなさそうな笑顔でそう言い、フランクはテレサを見つめた。
「だが、仕事なんだ。久しぶりに、パトロールへ行こうと思ってな」
「パトロール?」
「ああ。街をパトロールして、話を聞いてくれそうな人に声をかける。で、なにかしましょうか? と直接営業するんだ」
「……押し売りみたいですけど」
「仕方ないだろ。黙ってても仕事がくるほどの人気はないんだから」
王都相談員にはいろいろな人がいる。形式上その任についているだけで全く働いていない人もいるし、探偵のような仕事をしている人もいる。
フランクがどんな仕事をしているのかは知らないが、おそらくほとんど仕事がないのだろう。
だってこの人、顔以外特に取柄がないんだし。
枯れた花を咲かせるという異能はあるが、依頼料を考えれば普通は花を新しく買った方が安く済むだろう。
「いつもパトロールして仕事をとってきてるんですか?」
「ああ、新規の客はそうだ。声をかけて、少し喋ったり、茶を飲んだりして金をもらう。俺のことを気に入った客が、後日依頼しにここへやってくることもあるぞ」
それ、相談に乗ってるっていうより、ただおしゃべりしてるだけなんじゃないの?
「早朝は酔って理性をなくした奴が多いからな。金をもらいやすいんだ。さっさと準備をしろ、テレンス」
はっきりと言われると、なんだか清々しい。
「分かりました」
なにはともあれ、今日は初めての仕事である。
テレサにとっては生まれて初めての、自分で選んだ仕事だ。
◆
クルトに見送られ、テレサはフランクと共に屋敷を出た。
屋敷の周辺は飲み屋街のため、明け方の今はあらゆるところに酔っぱらいが転がっている。
それどころか、道端には吐瀉物まである。ゴミも大量に捨てられているし、かなり酷い匂いだ。
「テレンス、顔色が悪くないか?」
「あまりこういう場所は慣れていませんので」
「そうか。まあでも、住めば都だぞ。俺も最初は慣れなかったけどな」
あはは、と能天気そうに口を開けてフランクは笑った。
こういうところは、彼の美点かもしれない。
「それよりテレンス、酔っぱらっている女性を見つけたら教えてくれ。声をかける」
「分かりました」
周囲をきょろきょろと見回してみたが、道端に倒れているのは男ばかりだ。
「あの、もう少し治安がよさそうなところの方が女性はいるんじゃないでしょうか?」
「そうか? なら、大通りに行ってみるか」
フランクが頷いた瞬間、路地裏から悲鳴が聞こえた。
慌てて視線を向けると、酔っ払った中年の男が、若い男三人に囲まれている。
「助けてくれ、誰か……!」
中年の男が叫んでも、若者たちは下卑た笑いを浮かべているだけだ。
「フランク様、あれ」
「残念ながらよくある光景だ。治安維持隊もこのあたりにはほとんどこないしな」
治安維持隊は、街の平和を守る組織だ。犯罪を取り締まったり、街の安全を守るためにパトロールをするのが主な仕事である。
だがどうやら、貧しい者ばかりが暮らすここには、滅多にやってこないらしい。
「僕、助けてきましょうか?」
「は?」
「フランク様の部下になったんですから、異能は使い放題なんでしょう」
テレサの言葉に、フランクはきらきらと瞳を輝かせた。
そして、力いっぱいテレサの背中を押す。
「行ってこい! そして、ついでに宣伝してきてくれ!」
「分かりましたよ」
軽く深呼吸をしてから、テレサは路地裏に向かって歩き出す。
テレサが近づいてきたことに気づくと、男たちは笑いながらテレサを見てきた。
「なんだなんだ? まさか助けにきたのか? お前みたいなひょろい男が」
「金さえ払えば、その綺麗な顔に傷はつけないでやるよ」
男たちの下品な言葉に安心する。なぜなら、痛めつけても罪悪感を持たずに済むから。
「一発、殴らせてもらいますね」
ぎゅっと右の拳を握り、一番近くにいた男の頬を殴る。男は勢いよく吹っ飛び、残りの二人を巻き込んで地面に転がった。
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