第7話 美味しいご飯は甘い言葉と共に
テレサは控えめなノックの音で目を覚ました。
慌てて返事をした後に、ここがバウマン家の自室ではないことを思い出して安堵の息を吐く。
すぐに返事をしなくたって、ここでは怒られないんだわ。
ベッドを下り、手で髪の毛を整える。すると、かなり寝癖がついていることに気づいた。
今まで寝癖なんてつかなかったのに、髪を切るとこんなにはねちゃうものなの?
鏡を見て確認したいのに、この部屋には鏡がない。
クルトに鏡がある場所を教えてもらうしかなさそうだ。
「テレンスさん? 起きましたか?」
「あ、はい! すぐ行きます!」
返事をして部屋の扉を開ける。するとちょうど同じタイミングで、フランクも部屋から出てきた。
目が合うよりも先に、フランクが大声で笑い出す。
「お前、酷い寝癖だな!」
「フランク様、そのようなことを言ってはいけません」
「俺は事実を言っているまでだ。いや、それにしても酷い。そんな寝癖では、女性にも笑われるんじゃないのか?」
むかつくことを言いながら近づいてきたフランクを軽く睨みつける。しかしフランクは謝りもしない。
「怖い怖い。お前、せっかく顔は悪くないのに、そんなに不愛想じゃモテないぞ」
「……別に、モテたいわけではありませんから」
「しかも可愛げもないときた。これでは絶望的だな」
はあ、とわざとらしく溜息を吐くフランクは本当に憎たらしい。
この男、人をイライラさせる天才なのかしら?
「よし、決めた。俺がお前に女の口説き方を教えてやろう」
「は?」
「この俺の用心棒が、女心も分からない男では示しがつかないからな」
いや、少なくとも貴方よりは女心は分かるわよ。だって私、女なんだから!
そう言い返すわけにもいかず、テレサは黙り込んだ。
だがこの男は、どうやら無言を肯定と捉えるタイプらしい。
「俺に任せておけば心配ない。飯を食べながら教えてやろう。
そうだ。美味い飯をたらふく食わせてやると言ったよな?」
「はい。ちゃんと覚えてますよ」
そもそも、フランクを助けた理由がそれだ。
美味しいご飯を食べさせてくれるというから、助けたくもない遊び人を助けてやったのである。
「期待していいぞ。クルトの料理は絶品だ。その辺の店よりずっと美味い」
「フランク様は適当なことを言わないでください。店で奢るお金がないから、そう言っているだけでしょう?」
「そ、そんなことはない。お前はもっと自分に誇りを持て!」
とにかく飯だ! と言い、フランクは急いで階段を下りていった。
テレサはクルトと目を合わせ、同じタイミングで溜息を吐いたのだった。
◆
「美味しい……!」
スープを一口飲んで、あまりの美味しさに感動してしまった。
フランクの言った通り、クルトはかなり料理上手らしい。
そもそも私、冷えた食事以外ろくに食べたことないのよね。
メリナたちと同じ食卓につくことは許されず、もちろん、同じ物を食べることも許されなかった。
テレサに与えられていたのは冷えた余り物だけだ。
「このスープ、おかわりしてもいいですか!?」
たらふく食わせてやると言ったのだから、おかわりの要求は認められるべきである。
「ええ、もちろんです。いっぱい食べてくださいね、テレンスさん」
微笑んだクルトと違い、フランクは呆れ気味に笑った。
「食い意地まではっているとは、お前は本当に残念な男だな」
貴方にだけは言われたくないわよ! 顔以外、残念なところだらけのくせに!
そう怒鳴ってやりたいが、機嫌を損ねるのも面倒だ。
「いいか? 女性と食事をする時はちゃんと気をつけるんだぞ。いい気分にさせて、食事代を支払ってもらう必要があるからな」
「その言葉を聞いただけで、100年の恋も冷めると思いますけど」
「アホなのか? 本人の前で言うわけないだろ」
フランクはスプーンをおくと、わざわざ身体の向きを変えてテレサを見つめた。
中身は残念でも顔だけはいいため、少しだけどきっとしてしまう。
「いつも食べている料理でも、君といると特別に感じるな」
とびきり甘い声に、甘い微笑み。口角の上げ方まで計算されているとしか思えないほどの完璧さだ。
「それに、美味しそうに食べる君はとても可愛い。でも、料理に少しだけ嫉妬してしまうな。美しい赤い瞳に、俺のこともちゃんと映してくれ」
あまりにも甘ったるい台詞に、我慢できずテレサは大笑いしてしまった。
「さ、さすがにやりすぎですって……!」
顔がいいから似合ってはいるものの、芝居でしか聞かないような台詞である。
普通に話しててこんなこと言われたら、私、絶対笑っちゃうわ。
それとも普通の子なら、笑わずにただドキドキできるものなの?
笑ってしまうのは、フランクの正体を知っているからなのだろうか。
「お前なあ……! 俺がせっかく、女の口説き方を教えてやろうとしたというのに!」
頬を赤くし、ぷいっ、とフランクは顔を背けた。
その顔があまりにも可愛くて、テレサはまた笑ってしまったのだった。
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