第6話 おんぼろ屋敷
「ここが俺の屋敷だ」
「……これを屋敷って言うのは、さすがに図々しくないですか?」
テレサがそう言うと、フランクはあからさまに顔を顰めた。
「嫌なら、住み込みで働く必要はないんだぞ」
「嫌とは言ってません」
金もないし、帰る家もないテレサにとって、住む場所を与えてもらえるのはありがたいことだ。
たとえそれが、どれほど古い屋敷だとしても。
フランクに仕えることになり、テレサはフランクと共に王都へ戻ってきた。
バウマン家の人間に出くわさないか心配だが、仕方なかったのだ。
それにフランクの屋敷とやらは、バウマン公爵家とはかなり離れた場所にあった。
王都の中でも上級貴族やごく一部の豪商が暮らす一等地にバウマン公爵家の屋敷はあったが、フランクの家は王都のはずれにある。
繁華街の奥にあって治安がいいとはとても言えないし、周辺には飲み屋と妓楼がひしめいている。
こんなところには、バウマン家の使用人すらやってこないだろう。
「えっと、使用人が一人、ここで暮らしているんですよね?」
「ああ。俺に昔から仕えてくれている男だ。
家事だけじゃなく、相談員の仕事も手伝ってもらってるんだが、もう年でな。だから他に用心棒が欲しかったんだ」
フランクが玄関の扉をノックする。
少し経ってから、扉がゆっくりと開いた。
「フランク様、お帰りなさいませ。……おやおや、そちらのお方は?」
中から出てきたのは初老の男だった。白髪に、胡桃色の瞳。温和そうな顔立ちの、老紳士という言葉が似合う人である。
「俺の用心棒だ」
「用心棒? お給料は払えるんですか?」
どうやらこの男は、使用人に懐事情を心配されるほど貧しいらしい。
「こいつに仕事を手伝ってもらえば、もっと儲かる予定なんだ。
儲かるまでは、住処と食事を給料代わりにするということで話はまとまっている」
「はあ……」
疑わしそうな眼差しを受け、テレサはゆっくりと頷いた。
フランクが言ったことは事実なのだ。
「こんな見た目だが、こいつは怪力の異能持ちだ。使えるぞ」
フランクが胸を張ると、使用人は深々と溜息を吐いた。
「でしたら、フランク様がやらかした際は、お仕置きをお願いしましょうか」
「クルト、それはどういう意味だ?」
「言葉通りの意味です。フランク様に女をとられたという男に、何度屋敷の窓を割られたことやら……」
想像はしてたけど、人の恋人に手を出して問題を起こしたのは今日が初めてじゃないのね。
まったく、本当に女の敵だわ。
「安心しろ。これからはどんな大男がきても、こいつ……テレンスがやっつけてくれるからな。そうだろう、テレンス?」
「……ええ、用心棒ですから」
それに、今日からここに住む以上、屋敷の窓を割られるのはテレサにとっても迷惑だ。
「俺は疲れた。飯ができるまで寝る。クルト、テレンスに部屋を教えてやってくれ」
屋敷の中へ入るなり、フランクは足早に階段をのぼっていった。おそらく自室へ向かったのだろう。
追いかけられてあんなところまできていたのだから、疲れているのは当然だ。
「申し訳ありません。フランク様は少々子供っぽいところがありまして……」
深々と頭を下げた後、クルトはテレサを二階奥にある空き部屋に案内してくれた。
屋敷は二階建てで、一階は王都相談員としての応接間と厨房、二階が居住用スペースのようだ。
テレサに与えられた部屋は狭いものの、掃除はきちんとされている。壁や床は傷んでいるが、ゴミや埃は全くない。
「狭いところで申し訳ありません。その、異能持ちということは、貴族の方なのでしょう?
なのにこんな部屋に住まわせるなんて、心苦しいんですが、ここが一番綺麗でして……」
クルトに再び謝られ、テレサは慌てて首を振った。
「謝らないでください。その、雇ってもらって、僕はすごく助かったんですから」
それに私は、散々バウマン家で虐げられてきて、貴族扱いなんてされたことないもの。
「この部屋だって、すごく綺麗ですよ。クルトさんがきちんと手入れをしていらっしゃるんでしょう?」
「テレンスさん……」
「今日から、僕たちはフランク様に仕える仲間です。よろしくお願いしますね」
微笑んで手を差し出す。クルトの手のひらは硬く、彼が苦労していることが伝わってきた。
「あ、ちょっと待っててください」
クルトは部屋を出ると、厚手の毛布を一枚持ってきてくれた。
「これ、ちょうど洗濯が終わったところなんですよ。よかったら使ってください。
食事の用意ができたら呼びにきますから、ゆっくり休んでいてくださいね」
そう言うと、クルトは部屋を出て行った。
部屋の隅にあるベッドに横たわり、毛布を深くかぶる。押し寄せてきた睡魔に抗わず、テレサは重くなった瞼を閉じた。
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