記憶の断片

「昨日の夕飯何食べた?」


 唐突に質問してきた友人に苦笑いを浮かべながら俺は応えた。


「おいおい、俺はまだそんな忘れっぽく無いぜ?」


 記憶力を試したくて振った話題だったのだろうが、余裕の顔で口を開く。


「ご飯に鯖の塩焼き、のり、味噌汁、お漬物、ひじきの煮物とデザートにアイスだったな」

「なんだか朝ごはんみたいな夕飯だな」


 黙らっしゃい!

 魚が食べたかったからいいんだよ。


 とはいえ何故こんな話題を出したのか聞いてみると、最近の自分自身の記憶力が落ちていると語りだした。


 曰く

 古き良き時代はケータイやスマホの便利な物は無かった。なので友人知人に連絡する時は自宅の電話から相手の家に電話していた。


「ふむふむ」


 何度も電話している内に相手の電話番号を自然と暗記し、最終的には番号を見ずに指の位置だけでこなせるようになったそうだ。


「あぁ! 言われてみれば暗記してたわ! A君にかけたつもりが、似てる番号のB君にかけて笑われた記憶が蘇る」


 続けて友人は言う。

 文字を書く習慣も減ってきていると。

 昔は「プロフィール帳」なるものが流行り、事ある毎に書いていたらしい。

 気になるあの子からのプロフィール帳には、綺麗な字を見せたくて下書きまでしていたと。


「あったあった! 懐かしいな。確かに文字を書かないと忘れるってのはわかる。俺もそうだな。写経とか何かやり始めた方がいいのかな?」


 便利になりつつある現代社会ではあるが、ふと振り返った際に気付かされる事もある。こうやって時代は流れていき、いつしか忘れ去られていくのだろうか。


 ならば、時折こうして言葉にする事で過去を思い返してみるのも悪くはない。話している内に昨日の事のように思い出されるのであれば、こういう時間は大切なのだろう。


 友人は少し懐かしむような顔で美味そうにお酒を傾けて俺にこう言った。



「ちなみに四日前の夕飯何食べた?」



 俺は無言で目を逸らした。

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とある作者の備忘録 トン之助 @Tonnosuke

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