2話目 沼ラブって偉大

――ただの幼馴染だよ。


 あの会話を耳にした翌日、俺はいつもより早く学校に着き、これからのこと――藤子町のことについて、思案していた。


 今日から早速行動に移して行こう。善は急げと言う――使い方は間違ってるし、俺の行いは善でもなんでもないのだろうけど。


 ただまあ、そうだな。そこまで急ぐようなことでもない。俺の直感が、そう告げてくる。


 まずは藤子町と友達になるところからだ。


 転入してきてから2週間、観察していく中で彼女は異性に対してかなりの塩対応を突き通していることは明らかだった。何人か彼女にアプローチを仕掛けようとする男はいたが……見事に撃沈。1年間一緒の学校に通っていたコイツらは何を見てきたのだか。


 素直にデートに誘うヤツ。

 

 女子を仲介にお近づきになろうとするヤツ。


 そして、大野より俺のほうが……みたいなことを言いながら迫るヤツ。


 全員ダメダメだ。大野を下げるような発言に関して言えば、最大のNGだ。そりゃあ好きな人を悪く言われて嬉しい人なんていない。


 彼女には、恋愛事に関して相談できるような仲の深い友人はいないようだった。彼女と大野ではあまりにも釣り合わないから素直に応援できない――というクラスの謎の共通認識がそれを助長しているのだろう。


 だから大野のことを相談してくるような関係になれれば、それはかなり信頼されている状態だと言えるだろう。少し考えれば誰でも思いつくだろうに、誰も挑戦しないのは恐らく男としてのプライドがーとかそういうものだろう。


 そもそも、その関係まで持っていくのが大変だろうし。


 ともかく俺は、藤子町にとって『相談できる友人』ポジションを目指す。


 そのためには、一段回工程を挟まないといけない。


 そんなことを考えていると、彼女――藤子町が登校してくる。もちろん、大野と一緒に。


 彼女は大野と軽く挨拶を交わした後、自分の席へと向かう。


 彼女が席までたどり着いたところで、思いっきり愛想の良い笑顔で、爽やかに挨拶の言葉を口にする。


 席が隣ってのは都合がいいな。


「藤小町、おはよう」


 彼女は俺にチラッと視線を向けたあと、会釈をしながら自分の席に腰を下ろす。


 見事な塩対応だ。だが、俺は見逃さなかった。俺に視線を向けたあと、俺の手元にある恋愛小説にチラッと視線を移していたことに。


 そう、この恋愛小説は彼女が毎朝HRホームルーム前に読んでいる恋愛シリーズ物だ。


 好きな物が共通しているというのは意識的にも無意識的にも、感情に大きくプラスに作用する。


 彼女は身持ちが硬そうだし、チャラそうな俺の印象はそこまで良くはないだろう。ただ、そんなのは些細な問題だ。


――こんなチャラそうなやつが、私と同じ恋愛小説を読んでるなんて……


 そんなギャップも突いたりして。


 彼女の性格的に打ち解けるまでには時間がかかりそうだが、気長にやっていくことにしよう。




 ◇ ◇ ◇ 




「藤小町、おはよっ」


「おはよ」

 

 挨拶を始めてから2週間ほど経過した今では、普通に挨拶を返してくれている。


 そりゃそうだ。毎日挨拶してくるヤツを無視するなんていくらなんでもしないだろう。


 ただ、挨拶だけではない。


「この番外編ちょーよかったよ。また違うの貸してくれる?」


「やっぱりいいわよね!ちなみにどこが良かった?私は――」


 彼女が愛読している恋愛シリーズ物は、割と人気が高いのだが、ドロドロしているというか、ねっとりしているというか――主な読者層が30代とか40代の女性なのだ。


 だから同級生が知っていることがそれほど珍しかったのだろう。かなり早い段階で喰らいついてきた。もちろん俺に声をかけるのは彼女からしたらハードルが高いわけなので、最初に声をかけたのはこちらだけど。


「それ、『沼ラブ』だよね?まさか同級生が知ってるなんて……」


「あ、うん……神楽君も読んでるんだ……」


 なんてのが挨拶を始めてから1週間ほどたった時にした会話だ。


 最初は遠慮がちに応答してきていた彼女だが、創作物の力ってすごいわ。どんどん打ち解けていき、今では同じシリーズを愛する読書仲間、と言っても過言ではないだろう。


 幼馴染の大野は読書は一切しないようだし、余程語る相手が居なかったのだろう。好きな物を共有できないって辛いしね。


「好きなとこは……そうだね。やっぱり間男が結婚式に乱入して、その場の全員が花嫁目当てだと思ってる矢先、実は花婿を……ってところかな。真実の愛に思わず涙を流しちゃったよ」


「だよね!わかってるわね!そもそも花嫁が――」


 はて、なぜ俺がこんなにも『沼ラブ』について彼女と一緒になって熱弁を繰り広げているのかというと、それは普通にこの作品にドハマりしたからである。もちろん最初は彼女と接近するための手段に過ぎなかったけど、読んでいくうちに……ってことだ。普通に面白いんだよ。


 ともかく、彼女とは割と早い段階で仲良くなれたのである。まだ壁を少し感じるところもあるのだが。


 「――でその時の間男のセリフが本当に良くてね、それで……っ……」


 思わず熱く語ってしまっていたことに気付き、藤小町は少し赤面したあと小さく咳払いをする。


「コホン……ちょっと熱くなりすぎてしまったわ。ごめんなさい」


「いやいや全然いいよ。むしろ熱く語ってる藤子町は可愛いし眼福眼福」


「はいはい軽い軽い。そういうの良いから」


 少し険しい目付きでこちらを睨んでくる。


 ちなみに彼女には初めからチャラ男発言かましてます。彼女も割と慣れてきたようで、軽く流してくる。


「いやいや、女の子に可愛いは俺なりの挨拶なんだよ」


 彼女も短い付き合いながらも俺がそういう性分なのを理解しているようだ。俺が本気で彼女を口説いている訳ではなく、ただ軽口を叩いてるだけ――と解釈しているのだろう。


「沼ラブに免じて、軽口は許してあげる」


 ホント、沼ラブって偉大だな。


 何にせよ、藤子町とは割と健全に関係を築いていけている。このまま徐々に関係を進めていこう。

 


 


 

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美少女幼馴染を無下にしている"主人公"クンから、その子を奪っても文句は言えないよね? わいえくす @YinxHT

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