【第六羽】十二、遺書

 拝啓 クィントゥス


 お前がこれを読んでいるということは、私は、すでにこの世にいないのだろう。

 もしもの時のために、この手紙をマルクスに託すことにした。

 いい加減な弟ではあるが、さすがに兄の遺言を忘れることはない……と信じたい。


 最後に会った時、私がお前に伝えた言葉を覚えているだろうか。

 お前は、家のことを気にせず、自由に生きろ、と……私は、言ったな。

 その気持ちは、今でも変わらない。


 何度も言うが、お前は賢い。

 きっと私が言うまでもなく、自ら自分の人生を切り開いていくことだろう。

 ルフス侯爵は、男の私から見ても、徳のあるとても立派な紳士だ。

 彼の元で、研鑽を積み、しっかりと自分の未来について考えると良い。

 ルフス侯爵ならば、きっとお前の力になってくれる。


 実は、一つ、お前に頼みたいことができた。

 私が旅に出ると言った目的については、覚えていることだろう。

 あれから私は、地方の各地を巡り、彼女の痕跡を辿った。

 決して平坦な道のりではなかったが、私は、ようやく手掛かりになりそうな情報を手に入れたのだ。


 そこから東南の方角へ行くと、ヴェスヴィアスという名前の山がある。

 その山は、緑も育たぬ荒地にあると聞く。

 そんな場所で、密かに暮らしている人たちが居る、というのだ。

 どうやらそこは、戦争で住む場所を追われた者たちが逃げ延びるための、最後の砦となっているらしい。


 まだ中央にいる貴族たちの耳には入っていないだろうが、もしかすると、その内、噂が伝わってしまうかもしれない……。

 私が何を言おうとしているのか、賢いお前ならわかるだろう。

 そう、その場所にこそ、もしかすると、私の赤子が生き延びて、暮らしているかもしれない……そう思うのだ。


 もちろん、確証はない。

 私の願望が見せる夢幻やもしれない。

 人が聞けば、ただの妄想と笑うだろう。

 ……だが、クィン。

 お前ならきっと笑わないでいてくれる、という自信が私にはある。

 何故なら、お前と私は、似ているからだ。


 お前は、私に訊ねたな。

 自分の本当の父親は、誰か、と。

 私は、それに答えなかった。

 何故なら、それを答えてしまえば、私とお前は、本当の意味で、父と息子ではなくなってしまうからだ。


 だが、どうやら私の命は、そう長くないようだ。

 慣れない旅の生活が祟ったのか、私の身体は、徐々に病に蝕まれていくのが解る。

 もしかすると、これまでの行いに対する、神罰なのかもしれないな……。

 そうであるならば、甘んじてこの報いを受けるつもりだ。


 しかし、どうしても心残りが二つある。


 一つは、やはり、顔も見ぬ私の子供が、この世界のどこかで生きているかもしれない、ということだ。

 実は、このことは、お前以外の誰にも話していない。

 アウネリウスにも、私は、ただ己の研鑽のために旅に出る、と言ってある。

 この期に及んで、まだそんな夢物語を、と人は私を笑うだろう。

 国に残してきた妻や娘たち、アウネリウスやお前のことを心配するべきだ、と非難されるかもしれない。

 だが、これまで自分のためではなく、家のために生きて来た私だからこそ、最期の時くらいは、己の願望のために生きたいと望むのだ。

 そのために生きて死ぬのならば、私は本望だ。


 もし、このまま私の命が尽きて、顔も見ぬ我が子に会えないままだとしたら、私は、とても悔いを残して死ぬことになる。

 だから私は、この命尽きるまで、我が子の顔を一目見るまでは諦めない。

 このまま旅を続ける。

 だが、それでも会えなかったら?

 もし、その子が私の存在を何らかの形で知ることになり、私を探していたとしたら?

 私は、死んでも死にきれない。


 もしも、お前が、こんな私を憐れと少しでも思ってくれるのなら、どうか私の代わりに、その子を探してはくれないだろうか。

 こんなことをお前に頼むのは間違っていると、分かっている。

 だが、他にお前しか頼める者がいないのだ。


 そして、もう一つの心残りは、お前だ、クィントゥス。

 あの時、私が与えなかった、お前の欲する答えを私はここに記そう。

 これが、お前のために私ができる、最期で最大の贈り物だ。


 クィントゥス。

 お前の本当の父親は―――――●●●●●●●●●●●●●●●




 男は、手紙を読み終えると、最後の一文を黒いインクで塗りつぶした。

 明かりに透かして、文字が見えないことを確認すると、再び手紙を折って封筒へしまう。


「……ったく、最後の最後まで余計なことをしてくれるなよ。クソ兄貴がっ」


 そう言って、男は、手紙に蜜蝋を垂らして、フェリクス家の家紋が彫られた印章をそこへ押した。



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