【第七羽】罪罰 ―運命という名の無慈悲な波濤―
【第七羽】一、悲しみの葬列
灰色の空が今にも泣き出しそうなのを必死に堪えているようだった。
その空の下で、村人数人の手によって、リヴの家から白い布に覆われた担架が運び出された。リヴの父親が亡くなったのだ。
朝、いつものようにリヴが父の部屋を訪れると、ベッドの中で彼は息をしていなかった。リヴが慌ててオンバの家へ行き、戻って来た時には、もう手遅れだと言われた。眠っているような安らかな死に顔だった。
村長の手配で、すぐに葬儀が行われた。病で床に臥せるまで村のリーダーとして皆を引っ張ってくれていた男の死に、村のほとんどの人が参列した。遺体は布を被せられただけの状態で担架に乗せられ、村外れの墓場へと運ばれていく。
レインは、悲しみの葬列が進んで行くのを少し離れた場所から眺めていた。すると、一人の少女が泣きながら列からはみ出しているのに気付いた。辺りに親らしき者は見当たらない。仕方なくレインが少女に声を掛けると、ナナと名乗った少女は、祭りの日に見た優しい天使のような旅人を見ると、安心したのかすぐ泣き止んだ。レインは、ナナの手を取り、葬列の外側を歩きながらナナの母親を探した。
「どうして人は死ぬの」
ナナの真剣な瞳を、レインは腰をかがめて受け止めた。そして、人間が死を持つことになった理由を優しく語り始める。
人間は、大地と海の狭間から生まれた。はじめは何の力も持ってはいなかったが、その自然体の美しさと純粋さ、無垢な魂に神々は惹かれた。神々に愛され、祝福を受けた人間は、様々な知恵と技術を与えられ、己を守る為の力を得た。
しかし、平和な時は続かなかった。悪魔の甘言に唆された人間は、神々が大事にしていた宝物を奪い、神樹を傷つけた。神々は怒り、罰として人の子の未来と可能性を奪った。それが“死”だ。人間は皆、必ず死を迎え、死んだ者の魂は、死の天使によって輪廻の輪へと戻される。輪廻の輪とは、再びこの世界に生を受けるために通る道のようなもので、それ以来、人間は、死の苦痛と恐怖を一度だけでなく、何度も繰り返すこととなる。
レインが語り終えると、少女は足を踏み鳴らして怒った。
「そんなの納得できない」
そう、死とはそうゆうものなのだ。今を生きている人間が、遥か昔の人間が犯した過ちの罰を受けているなど、到底受け入れられる筈がない。だが、それほどまでに神の怒りが深いということでもある。
レインの脳裏に、マルクスと最期に交わした会話が浮かぶ。マルクスが息を引き取る直前、レインは、彼と二人きりで対話をしたのだ。
戦争で帰る場所を失した男が、一人の天使によって生きる希望をもらったのだ、と死を直前にしたマルクスは語った。
「わしには解っていたよ、初めから。
あの子を……リヴを遣わしてくださった、あの天使様だろう」
マルクスは見ていたのだ。赤子だったリヴを村の入り口にレインが置いていくところを。そして、その赤子を自分の娘として今日まで育ててきた。
「どうして、俺だと」
「見れば解る。その光……あの時見たような白い翼はないが、そのにじみ出る光を掻き消すことはできん」
この子は天使様からの預かりモノだ、と私が皆に伝え、あの子は、皆に可愛がられた。
だが、あの子が光を失った時から、皆の中に猜疑心と妬む気持ちが生まれた。何か神の怒りに触れたのではないか、本当に天使からの授かりものなのか、と……家族を流行り病で失った者の中には、あの子だけが助かったことを恨む者もいた。
「だが、わしは信じておる。早くに妻を亡くし、生きる希望を失いかけていたわしに、新しい光を与えてくれたのは、あの子なのだ」
マルクスは、レインに約束を求めた。
「リヴを、あの子を支えてやってくだされ」
レインは、マルクスのベッド脇に立つ、黒い闇の塊を見た。漆黒の衣を身に纏い、闇のような翼を背に持つモノ――死の天使を。
『愚かな。天使にできることなど、たかが知れている。人間の最期の望みというのは、いつ聞いても自分勝手で気分が悪い。全ては、神々の遊戯でしかないというのに……』
闇が蠢き、呟く。レインは、人間には聞こえない声を使い、闇に問いかけた。
『この男は、どうなるんだ』
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