【第六羽】十、父の願い
昔、私が若かった頃、とある身分の低い女性と愛し合った。
その時の私には、既に妻も子供もいた。
……こんな話をすれば、お前は私を軽蔑するだろう。
だが、あの頃の私は若かったのだ。
分かってくれ、とは言わない。
ただ、誰かに、知っておいて欲しかった。
その女性は、事故に遭って亡くなったと、後になって聞いた。
……まぁ、ここで誤魔化しても意味がないな。
そうだ。彼女は、殺されたのだ。
誰が裏で糸を引いていたのか、今となっては証拠は何もない。
おそらく、私の父か……もしくは、妻の親族あたりか……疑っていてはきりがないからな。
ただ、私は、あの時のことを今でも後悔している。
私の一生を懸けても償いきれない……そう思っている。
もちろん、妻や子供たちのことは愛している。
こんなことを言っても、信じてもらえないだろうが、
お前のことも……私は、本当の息子として育ててきたつもりだ。
何故こんな話をお前にしたのか……不思議に思っているだろう。
実は、その殺された彼女は、身籠っていたのだ。
……ああ、私の子だ。
彼女が死んだと聞かされた時、私は、真っ先に赤子のことを訊ねた。
たとえ、彼女と一緒に殺されたのだとしても、せめて亡骸だけでも、この腕に抱き、私の手で埋葬してやりたい、そう思ったのだ。
だが、私が聞かされた話では、赤子など、どこにも居なかった、と言う。
……わかってる。私の都合のよい妄想だと。
おそらく、赤子は、死産だったか……もしくは、何らかの理由で既にこの世にはいないのだろう。
だが、ずっとそのことが私の頭の中に引っかかっていて、今でも忘れることが出来ないのだ。
こんな話をお前にするのは、卑怯だと……罵ってくれても構わない。
だが、私の実の息子ではない、お前にだからこそ、話すことが出来ると思った。
私の勝手な想いをお前に押し付けて、本当にすまないと思っている。
私は、彼女と赤子を守ることが出来なかった。
あの時の私は、まだ若く……無力だった。
世の中の闇を知らなすぎた。
出来れば、お前には、世の中の闇を知らずに、幸せに生きていって欲しい、それが父の願いだ。
……察しのいいお前のことだ。もう私が何を言おうとしているのか、わかっているのだろう。
…………そうだ。
私は、この国を出て、顔も名前も知らない、息子か娘かも知らない、その赤子を探しに旅へ出ようと思う。
私の処分が国外追放だと決まった時……実は、少しほっとしたのだ。
これは、私にとって良い機会だと思った。
私が彼女にしたこと、妻や子供たちにしたことは、決して許されるべきではない、ひどい裏切りだと、分かっている。
それでも私は、顔も知らぬ、私の血を引く我が子を一目でよいから見たい。
そして、叶うことなら、この腕に一度でいいから抱き締めたいと願うのだ。
…………私のことを軽蔑したか。
いいのだ。
お前には、本当に申し訳ないと思っている。
本当ならば、このまま何も真実を伝えることなく、この秘密は、私の心にだけ秘めて、墓場まで持っていくつもりだった……だが、このような事態になってしまった……これも、私に原因の一端があるだろう。
スピウス……あいつのことも、私がもっとよく見てやっていれば、こんなことにはならなかったかもしれないな……今更悔いても遅い……か…………。
最後に、これだけは聞いてくれ。
もし、私の身に何かが起きて、アウネリウスとも帰ってこられない事態が起きたとしても、決してお前は、この家を背負ってゆこう、などとは
……勘違いするな。これは、お前を信頼していないから言っているのではない。
お前は賢い。
家に縛られることなく、自由に生きていけるだけの力がある。
家督などは、どうでもよいのだ。
三男だからこそ、お前は、自分の幸せだけを考えて生きるがよい。
私は、嫡男として生まれてきた時から、家のためだけに生きてきた。
どれほど望んでも、自分のための幸せを望む人生は選べなかった。
私は、マルクスやスピウス、お前たちのことが羨ましい。
次男には次男の、三男には三男の苦労があるだろう。
マルクスも……一時は、荒れて手が付けられなかった時があった。
だが、それでも私は、自分の好きに人生を生きることが出来るお前たちが心の底から羨ましいのだ。
いつか……誰もが平等で、好きな相手と好きな人生を生きられる、幸せな国を作りたい……それが父の願いだ。
生きろっ、クィントゥス!
お前は、お前だけの人生を掴みとれっ!!
幸せに生きるのだ……っ!!
――――これが、僕が聞いた、父の最後の話。
最後の………………願いだ。
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