【第六羽】七、偽りの王

 アウネリウスの話では、スピウスが他の若い貴族令息たちと徒党を組み、自分こそが王であると名乗りを上げた、という。


 その後、クィントゥスを待っていたのは、まさしく悲劇であった。


 アリウスは、貴族院から緊急招集を受け、危うく共犯の疑いで処刑されかけたところを、アウネリウスが人質となることで一時的に回避した。だが、それは単なる時間稼ぎでしかない。スピウスを黙らせない限り、事態は変わらないのだ。


 責任を問われたアリウスは、降伏するよう息子を説得するため、スピウスの籠城するアークトゥルス城へ赴いた。監視役として、ルフス侯爵の嫡男トゥエンが追従した。彼もまた、スピウスから声をかけられていた若い貴族令息たちの内の一人であった。


 けれども、トゥエンは、スピウスの誘いを断り、その企みを貴族院へ進言したため、スピウスの企みは事前に露呈してしまっていた。ルフス侯爵が自兵を動かし、スピウスを捉えようとしたが、直前で勘付かれてしまい、逃亡したスピウスは、そこから一番近い場所にあったアークトゥルス城を占拠した。


 アークトゥルス城は、最期の王が亡くなった古城であり、現在は、カステッロ男爵が管理役を務めているだけで、何の軍備も防衛策も取られていない。

 それは逆に言えば、スピウスが籠城をする上でも何の役にも立たないものと思われたが、スピウスは、あろうことか、カステッロ男爵夫人とその子供たちを人質に、自分をこの国の王として認めろ、と要求した。


 たまたま狩猟に出かけて城に居なかったカステッロ男爵は、一目散に馬を駆けて、貴族院に助けを求めた。事態を重く受け止めた貴族院は、即座にスピウスに降伏するよう勧告したが、聞き入れられず、アリウスと兵を派遣する次第となったのだ。


 父親であるアリウスに諭されようとも、スピウスは、全く聞く耳を持たなかった。

 結果、父と息子で戦う羽目となり、約二か月半の籠城の末、スピウスは捉えられた。『偽りの王を騙る者』としてスピウスの罪は重く、命だけは助けてやって欲しいというアリウスの請願は聞き入れられなかった。

 スピウスは、貴族たちの面前で見せしめとして惨殺された。


 何の準備もなく籠城した筈のスピウスがここまで粘ったのは、スピウスの背後バックにクラヴィス伯爵が付いていたからだった。クラヴィス伯爵とは、マルシェラの弟で、クィントゥスとスピウスから見ると、叔父に当たる。

 マルシェラは、クラヴィス伯爵から何も聞かされていなかったようで、クラヴィス伯爵が国外へ逃亡したと聞かされると、血を分けた姉弟でありながら、狂気に満ちた顔で、延々と彼を呪う言葉を叫び続けた。


 アリウスとアウネリウスは、貴族院から諸々の責任を問われ、拘束の上、監禁された。必死に身の潔白を訴えたが、スピウスによって息子を奪われた貴族たちの恨みは深く、協議の結果、伯爵としての爵位と領地を没収され、国外への追放処分が決まった。

 まとまりかけていた次女シャーロットの婚姻話も破断となり、泣く泣くマルシェラは、シャーロットとミリエルを連れて、マルシェラの実家へ身を寄せることとなる。


 これを機に、それまで均衡を保っていた貴族同士の間に亀裂が走った。互いに疑心暗鬼となり、没収したフェリクス伯爵家の領地をどう分配するかで揉め、貴族院は、荒れに荒れた。



「お前を連れては行けない」


 屋敷を出る前、アリウスは、きっぱりとクィントゥスに向かって言い放った。侍従に荷物を準備させている間、アリウスに呼ばれて、クィントゥスは、二階の書斎でアリウスと二人きりで向き合っている。

 窓の外から見える景色には、何人もの兵士らが物々しい出で立ちで屋敷を取り囲み、アリウスとアウネリウスが逃げ出さないよう見張っている。いつもの見慣れた前庭の美しい面影はどこにもない。まるで見知らぬ地へ来てしまったかのようだ、とクィントゥスは思った。


「では、母についてゆくのですね」


 何となくアリウスは自分を連れて行かないだろう、と思っていたクィントゥスは、さほど驚くことなく答えた。マルシェラの実家には、幼い頃に何度か遊びに行った記憶がある。どこへ行こうが、自分は、絵さえ描ければ、それでいい。


「お前は、私の息子ではない。私の血を継いではいないのだ」


「どういうこと……?

 それじゃあ、一体、僕は誰の子だと言うのです……っ!」


 アリウスは、その問いには答えず、クィントゥスが想像もしなかった事実を語った。そのあまりの衝撃的な内容に、クィントゥスは、ただ茫然と言葉を亡くして立ち尽くした。

 話し終えると、アリウスは、今後のクィントゥスについての処遇について語った。


「……お前の面倒は、ルフス侯爵が請け負ってくださるそうだ。

 どういうわけだか知らんが、お前は、あそこの三姫に気に入られているようだな。

 …………感謝しろ」


 最後アリウスは、どこか含みのある言い方をした。その瞳には『血は争えないな』と言っているようにクィントゥスは感じた。


 こうしてフェリクス家の三男クィントゥスは、ルフス侯爵の庇護下に置かれることとなった。

 庇護下と言っても、要は人質である。国外追放されたアリウスとアウネリウスが軍機を翻して国を攻めてこないように、という目的と、クィントゥスが、まだ成人していない子供だから、というだけの理由で、だ。


(独りぼっちになってしまった……)


 父も、母も、兄も、姉と妹たちも、皆、クィントゥスの傍から離れて行った。

 一人残されたクィントゥスは、与えられた部屋の中で、一日中何もする気になれず、ただ生かされているだけの日々を送っていた。

 自分は、一体どうなってしまうのか、という不安に苛まれ、眠れぬ夜が続いた。食事は与えられていたが、ロクに物が喉を通らず、クィントゥスは、みるみる内に痩せ細っていった。


(いっそ死んでしまおうか)


 生きていたって、意味がない。


 でも、自分にそんな勇気がないこともクィントゥスは分かっていた。


(誰からも必要とされない僕に、生きる資格があるのかな)


 そう思った時だった。

 クィントゥスの目の前に、天使が現れたのだ。

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