絶対音感を持つ俺だけが隣の席のギャルが超人気声優だと知っている。
星野星野@2作品書籍化作業中!
ギャルと隠れオタクを繋ぐのは絶対音感
5月中旬——高校2年に進級して1ヶ月の月日が経つ。
俺、
朱に交われば赤くなるとはよく言ったものだが、俺はまだ真っ赤には染まっていない。
なぜなら——"あの趣味"を捨てきれてないからだ。
「今日は新作の発売日、"あそこ"に行かねば」
6限の授業が終わるの同時にバッグを開いてそそくさと荷物を詰めていると、目の前から柑橘系のいい香りが近づいてくる。
「ねぇねぇまさむー、今日もみんなでカラオケいこーよー」
急いで帰ろうとしている俺に話しかけてきたのは、クラスで一番可愛い(けど一番バカな)
前髪ぱっつんポニーテールと、スレンダーな身体つき。さらに持ち前の明るいキャラクターで、男子たちから人気を集めているが、その影に隠れた陰キャ女子たちからはいつも疎まれている。
「悪りぃ
「ええー! ……もしかして、かのぴ?」
「彼女はいないっていつも言ってるだろ」
「嘘だー。昼休みに女の子から何か渡されてたし」
「それは……。と、とにかく! 俺は行く所があるから。じゃあな」
俺はスクールバッグを肩にかけて、教室を後にした。
あと3分で来る次のバスに乗り遅れたら、さらにその次のバスを、30分も待つ羽目になる。
小走りで校舎から出ると、そこからはダッシュでバス停へ向かい、俺と同タイミングで到着した路線バスに飛び乗った。
「ふぅ……」
下校時間なのに人気の少ない路線バスの一番後ろの席に座り込み、スクールバッグを開く。
中には登校前にコンビニで買ったメンズファッション誌と、ヘアワックス。それと……昼休みに知らない女子から渡された"ラブレター"が入っていた。
俺は周りを確認してからピンクの封筒を開けて、2つ折りになっていた便箋を取り出す。
『
一通り手紙に目を通したら、バッグの中へしまった。
「ついに来ちまった……」
俺は頭を抱える。
さっきから周りの人間を陽キャだ陰キャだとカテゴライズをしている時点でお気づきな人も多いかもしれないが、俺は根っからの陽キャラじゃない。
俺は高校デビューに成功した、いわゆる
"ファッション陽キャ"だ。
しかし内面は——アニメとゲームが大好きなただのオタク。
この2面性があるのが俺、正室幸也。
2年前、高校生になったら陽キャになることを決めた俺は、誰も知り合いがいない隣町の高校へ進学し、陽キャになるための努力を重ねた。
高校入学から2年と1ヶ月が経つが、未だに俺がアニゲーオタということはバレていない。
『駅前ぇ〜、駅前ぇ〜』
運転手のアナウンスを聞き、俺はバッグを肩にかけると駅前でバスを降りた。
✳︎✳︎
駅前のアヌメイトでラノベを購入後、青いビニール袋を大事に抱えながらアヌメイトから出る。
袋の中にあるのは、業界注目の現役高校生ライトノベル作家、まつちよ先生の新作ライトノベルだ。
早く読みてぇ。
商業施設を降りて、駅の改札を通るとそのままホームに出る。
次の電車が来るまであと10分もあるのか。
ならさっそく、まつちよ先生のラノベを読んで時間潰しを——。
「ほわぁぁぁ!」
「……ん?」
自販機の横にあるベンチに座り、袋からラノベを取り出した瞬間、目の前に赤いランドセルを背負った女の子が現れる。
「これ、ねーね⁈」
女の子は首を傾げて聞いてくる。
ライトノベルの表紙に載ってる女の子を指差していた。
「え? えっとー」
「あゆみ〜? あ、いた!」
ホームへつながる階段を上がってきたのは、金髪ロングヘアに長いネイルという、いかにもギャルっぽい見た目をした、知らない高校の制服を着た女子高生。
ホームを吹き抜ける強風に吹かれ、靡く金色の髪を右手で押さえながら、反対の左手で目の前にいる幼なげな女の子の手を取る。
「ウチの妹、なんかしませんでした?」
「はい、特には何も——」
あれ、このギャルの声……どこかで。
「ならよしっ。あゆみ、もう行くよ」
「うん!」
やっぱりこの声、どこかで聞いたことがあるんだよな。
重度のアニオタでもある俺は、声優たちの特徴的な声を見分ける能力を持っている。
テレビのナレーションや店内放送の声が誰の声なのか即座に判ってしまうのだ。
俺はこれを自嘲する意味も含めて『声ブタ絶対音感』と勝手に呼んでいる。
その『声ブタ絶対音感』が発動したってことは、間違いなく俺はこの子の声を以前に聞いたことがあるってことで。
「まっ、待って。君、前に俺と会ったことある?」
「は、なんそれ?
「ナンパとかじゃなくて!」
「ウチ、時間ないの。この子のことあんがとねー、チャラ男くんっ」
金髪ギャルは妹を抱き上げると、向かいの電車に乗って行ってしまった。
俺はチャラ男じゃないんだが。
✳︎✳︎
——翌日。
俺はまつちよ先生の新作を一晩で読みきって、上機嫌に登校する。
「まさむー、おはよー」
俺が教室に入るやいなや、先に登校していた柚子乃が声をかけてきた。
「今日のまさむーなんかご機嫌だね? いいことでもあった?」
「まあな」
「へぇ……やっぱ、かのぴ?」
「だからいねーって」
柚子乃は事あるごとに、彼女がいるのか探ってくる。
他人の恋バナとか、すぐに聞きたがるタイプだからこんなにしつこいのかもしれないが。
「じゃあさー昨日女の子から渡されてたのはなに?」
「それは……」
俺が返答に困っていると、背後から小刻みな足音が聞こえてくる。
このストライドは——。
「おっはよー! 幸也っ」
俺と柚子乃の間に割って入ってきたのは、女子陸上部高跳びのエース、
クラスの女子の中で最も身長が高く、運動神経も抜群な運動部女子。
ベリーショートの髪型とボーイッシュな見た目から男女問わず人気があり、ついこの間も、後輩の女子から告白されたのを柚子乃に相談してたな。
「なごみんおはよー」
「おはよーゆずぅ。相変わらず愛くるしいなぁ」
「ちょっ、なごみんやめてよ! まさむーの前でっ」
「あれれ、もしかして照れてんのー? ほんと愛くるしいなぁゆずはー」
「も、もう……」
声ブタだけでなく百合ブタでもある俺にとって目の前の光景は眼福……!
俺に構わず続けろ、と言おうとした口を必死に塞ぐ。
「うぃーす。正室ぉ」
「おぉ田中、おはよ……ってお前、昨日俺のlime既読スルーしただろ」
「わりわりっ、バイトが死ぬほど忙しくてさぁ。lime読みながら寝落ちしてた」
こいつは親友の
顔はかなりのニ
「ぎんじーまたアルバイトだったの? limeが未読のままだったから心配してたんだけど」
「悪いな柚子。カラオケ行けなくて」
「別にいいよー。どっかの誰かさんも、理由言わずにさっさと帰っちゃったしー」
柚子乃は横目で俺を見てくる。
うー、怖っ。
「そういやさ。新しいバイト許可の申請で、さっき職員室に寄ったんだけど、めっちゃ可愛いギャルの女の子がうちの担任と話してたけど?」
「女の子⁈」
和水は食い入るように田中へ聞き返す。
1年の時からそうだったが、和水はボーイッシュな割にかなりの可愛いモノ好きで、それは性の対象も含むらしい。
「その子、うちのゆずより可愛い?」
「いつから私はなごみんの子になったのよ!」
「柚子と比べると……どっこいどっこい?」
「はぁ⁈ 私とどっこい?」
「いや、柚子よりミリ上くらい?」
柚子乃は銀次の頬っぺたにデコピンを食らわせて、「ふんっ」とそっぽを向いた。
柚子乃より上って、かなりのレベルだと思うが……。
俺たちが机を囲んで井戸端会議をしていたらちょうど始業のチャイムが鳴って、バラバラだった生徒たちが自分の席に座る。
そして、担任の女性教師と一緒に入ってきたのは——あれ、あの子?
「今日は転校生を紹介します。湯道さん、自己紹介を」
「はーい」
その派手な金髪を揺らしながら、黒板に自分の名前を書く転校生。
腰にカーディガンを巻き、ブラウスの上ボタンを堂々と外して鎖骨を晒している。
金髪な上に制服着崩してるとか、凄いな。
「ウチの名前は、
クラスに小さな笑いが起きる。
この声……間違いない。昨日駅で会った金髪ギャルだ。
駅の時と同様に、特徴的でどこか聴き覚えのある声。
でも思い出せない……くそッ、何度か耳にしたことがあると思うんだが。
熟考しながら彼女を凝視していると、不意に湯道まゆと目が合う。
「あれー? そこのキミ、どっかで見た事あるよーなー」
湯道は目を凝らして俺の顔を見つめてくる。
やば、めっちゃ見られて——。
「あー!! 昨日駅であったチャラ男くんだ!」
チャラ男呼ばわりされた俺に、クラス中の視線が集まる。
面倒なことになった……。
「あー!! 昨日駅であったチャラ男くんだ!」
湯道の要らない一言で、周りがざわつきだし、前に座る田中も「チャラ男?」と首を傾げて振り向く。
俺はすぐに首を振って勘違いだと訴えた。
「あら。2人が知り合いなら、席は正室くんの隣にしましょうか」
「はぁ⁈」
突表紙もない先生の提案に納得いかない俺は、情けない声を上げながら立ち上がる。
あのギャルと隣……⁈
「正室くんの右隣の鈴木さん? よかったら変わってもらっても」
「私はかまいませんよ」
全く話を読めてない先生は、俺と湯道が知り合いだと勘違いして右隣の鈴木さんに移動してもらっている。
「先生っ! 俺は知り合いとかじゃ」
「ありがとね正室くん。成績優秀で顔も広いなんて、さすが優等生だわ」
先生は俺を褒めちぎると、湯道を俺の右隣に座るよう促す。
「よろー、チャラ男くん」
「俺はチャラ男じゃない」
「ウチは湯道まゆ。よろしくチャラ男くんっ」
「話を聞けっ」
湯道はスクールバッグを机の隣に掛けると、当たり前のように席に座った。
「別にいーじゃん。さっちーがいたおかげで無駄に緊張しなかったし」
「さ、さっちー?」
「副委員長の正室幸也。先生が持ってた名簿盗み見てさっき記憶したー」
名簿を見て一瞬で記憶……?
なんだこいつ……。
「ウチ、ギャルだからバカに見えるっしょ?」
「見える」
「即答やめろし」
「つまり、見た目の割に頭がいいって言いたいのか?」
「さっちー判ってるねぇ」
湯道は俺の右肩をネイルでツンツンしながら含み笑いを浮かべる。
やっぱりこの声……駅の時も思ったが、どこかで聞いたことあるんだよな。
耳にはかなりの自信を持っていたのだが、こんなに判らないのは初めてかもしれない。
もう一度、以前に会ったことがないか聞いてみるか?
「どしたの、さっちー?」
俺が考え込んでいたら、湯道が顔を覗き込んでくる。
「真面目な話をしてもいいか?」
「えっ出会って10分で告白? ごめんさっちーウチ今、彼氏とかぼしゅーしてないから」
「違ぇよ、自惚れるな」
「ひっど、さっちーこっわ」
そんなことを話していたらいつの間にか朝のHRが終わり、それと同時に俺たちの間に柚子乃が割り込んできた。
「な、なんだよ柚子乃」
「まさむーは黙ってて」
あぁこの感じ……なんか面倒なことになりそうだな。
「湯道さんだっけ?」
「うん、ウチは湯道まゆ、よろー」
「……うちのまさむーとどんな関係なの?」
「いつからお前のになったんだ俺は」
「さっちーは駅でウチの妹と遊んでくれただけだよ? ウチはその時にさっちーと話しただけだし」
湯道は意外と正直に昨日のことを話し出した。
前の席の田中と、
「つまり、さっちーとウチは昨日たまたま会っただけだよ?」
「柚子乃、判ったか?」
「……う、うん。なんかごめん、えっと」
「ウチのことはゆみちーでいいよー」
「ゆみちー、ごめんね」
「いいのいいの〜」
柚子乃が怒り気味に入って来たから一時はどうなるかと思ったが、湯道のやつ、意外と話が判るギャルだ——。
「あ、でもさっちーからナンパされたのは本当。だからチャラ男くんって呼んでるの」
「「「ナンパ?」」」
3人が俺の方を見てくる。
「幸也が、ナンパ⁈」
「おいおい正室、やけに彼女作らねーと思ったらお前、彼女を取っ替え引っ替えするような男だったのか? 見損なったぞ!」
「まさむー、最低」
「だからちげえって!」
さらに誤解を招く羽目になった。
✳︎✳︎
湯道にさんざん振り回された日の放課後、俺は1年B組の教室に向かう。
昨日、後輩の女の子から貰ったラブレターには18時に1年B組の教室へ来いって書いてあった。
無視しても良いのだが、仮に無視してその子がヤンデレだった時、後ろから刺されるのは嫌だからなぁ……。(ゲーム脳)
ちゃんと会って、丁重にお断りを——。
「へー、4階が1年生の教室なんだー」
「なんでお前がついて来てるんだよ!」
背後霊みたいにその金髪を俺の背中に擦り付けながらついてくる湯道。
「ウチ、この学校のこと知らないし、色々と教えてよさっちー」
「柚子乃とか、和水に教えてもらえ」
「ゆずのんもなごみんも今日は部活と塾で忙しいみたいだし……銀ちゃんもバイトらしいし」
「馴染むの早いなお前」
昼休みに一緒に昼飯を食べただけで、すっかり俺たちのグループに馴染んでいた。
やっぱギャルは侮れないな。
「さっちーはどこ行くの?」
「お、俺は……用事があってこの階に来てるんだよ」
「用事?」
ラブレターを貰ったなんて言えるわけない。
とりあえずそれっぽい言い訳を。
「なるへそー。さては1年生の後輩ちゃんから告白のために呼び出されたり?」
「エスパーかよ!」
「へ? ウチはボケのつもりで言ったんだけど」
「あ」
「もしかして、マジで告白されんの⁈」
「それは……まぁ」
罰が悪くなって目を逸らすと、湯道は無理矢理にでも目を合わせてくる。
「なんだよ! どうせまた俺を揶揄うつもりなんじゃ」
「さっちー。ちゃんと答えてあげなよ? 告白する側の気持ちも判ってあげて」
湯道は全てを悟ったような顔をして、ギャルらしくない真面目なトーンで言う。
あれ、今の声——。
「ほら、はやく行ってあげなよっ」
「お、おお」
湯道に見送られて、俺は1年B組の引き戸をノックした。
茜色の夕日が差し込む午後18時。
普段なら誰もいないはずの時間帯に、1人の女子生徒が制服のスカートを両手でキュッと掴みながら立っていた。
「せ、先輩」
俺が教室に入ってくるとすぐに俺の前に来て、自分の顔を見て欲しいと言わんばかりに力強い目線を送ってくる。
「入学式の帰りにたまたま先輩とすれ違って、爽やかでカッコいいなって、思って……。その時からずっと3階を通るたびに先輩のこと探してたっていうか。だから」
そう言った後、女子生徒は右手をこちらに差し出す。
「好きです。付き合ってください」
✳︎✳︎
罪悪感に押し潰されそうになりながら、俺は家に帰って来た。
「2次元にしか興味ない」なんて告白してくれた女の子の前で言えるわけもなく。
「はぁ……」
制服のままベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めていた俺のスマホに一件の通知が入る。
動画サイトからの通知だ。
『おゆまゆが新しい動画をアップしました』
おゆまゆ……って、あぁ、チャンネル登録してたあの同人声優の。
おゆまゆは、音声作品を販売するサイトで常に上位をキープしている人気同人声優——なのだが、俺は動画サイトに載ってる彼女のシチュエーション音声をたまに聞いたことがあったくらいだった。
「気晴らしに人気同人声優様のお声を聞いて癒されよう」
……と思ったが、その動画のタイトルを見て驚く。
【告白音声】後輩ちゃんの甘々告白。イヤホン推奨。
「こ、告白音声……? タイムリーだな」
俺は制服の胸ポケットからイヤホンを取り出してスマホに挿した。
『シチュエーション音声、告白』
…………ん???
俺はベッドから飛び起きる。
脳内でバラバラになっていた点と点が線になる。
「お、おい嘘だろ」
俺が昨日から探し求めていたその声がイヤホンから聴こえてくる。
「……そうかこの声だ。間違いない!」
『——先輩のこと、入学式の時から』
待て、声だけじゃない。
後輩というシチュエーションと、告白の内容……その全てに既視感が。
『好きでした、付き合ってください』
俺はイヤホンをぶち抜く。
「既視感でもなんでもねぇ」
……なんで俺、気づかなかったんだ。
あいつは……湯道まゆは……。
「おゆまゆだ」
✳︎✳︎
衝撃の事実を知ったことであまり眠れなかった(おゆまゆの音声作品全部買って朝まで聴いてた)俺は、いつもより30分も早く登校し、電車からバスに乗り換える駅に着く。
眠たい目を擦りながらバッグから定期を取り出してバスに乗った瞬間、背後から俺の名前を呼ぶ声がした。
「——さっちー!」
この声は……いや、考えるまでもない。
朝まで聴いていた声だ。
「さっちーおはよー!」
サラサラの金髪を揺らしながらバスに乗り込んでくる金髪ギャルこと湯道まゆ。
スカートから垣間見えるその太ももは、PTAに文句言われそうなくらいに……えっちだ。
同じバスに乗る小学生の性癖を歪めないか心配になる。
「どしたのさっちー、難しい顔して?」
「なんでもない。政治的なことを考えていただけだ」
「ふーん、さっちーは勤勉だねぇ」
同じバスに乗ったことで流れで2人席に座ることに。
「そんでねー」
さっきから湯道は一方的に何かベラベラ喋っているが、全く頭に入ってこない。
この校則ガン無視金髪おしゃべりギャルが、マイクの前で真面目に「囁きASMR」とかをやってるとか、想像が付かないのだが。
「そういえば! 昨日の告白どうだった? おっけーしてあげた?」
白々しく昨日のことを聴いてくる湯道。
こっそり聞いて音声の参考にしたくせに。
「ねーウチの話聞いてる?」
隣からグイッと顔を近づけてくる湯道。
近い近い……。
「もしかして、告白断ったの?」
「告白? い、一応な」
「さっちー冷たいよ、お試しでもいーから付き合ってあげればいいのに」
「半端な気持ちで付き合うとかそっちの方が失礼だろ」
「判ってないなぁ……後輩ちゃんはね、さっちーと一緒の時間を共有したいんだよ? 何も結婚したいってわけじゃないんだから、付き合ってあげればいいのに」
「勝手言うな。こっちの気も知らないで」
あんな全く知らない後輩の女子とネズミーランド行ったらプレッシャーで熱が出ちまう。
「それともさっちー。他に好きな子いるとか?」
「は?」
「もしかしてゆずのん? あ、なごみんだったり?」
「あの2人はそういうのじゃない。1年の時から4人で
「意外と銀ちゃんのこと好きとか?」
「なんでBL展開期待してるんだよ。腐女子かお前は」
「え……?」
湯道は目を丸くして、こちらをじっと見つめる。
「なっ、なんだよ……」
「腐女子って言葉知ってるの意外だなって」
やばっ。常人は腐女子って単語使わないのか⁈
まずい、オタクバレしちまう。
「ま、いいや」
あ……あっぶねー。
ギャルのスルースキルに助けられるとは。
「さっちーの好きな子が銀ちゃんじゃないとすると……残ってるのはウチ?」
「転校2日目の奴が何言ってんだか」
「えー、結構モテるのになぁウチ」
そりゃ「おゆまゆ」だし、ネット上の人気は間違いないが。
どうでもいい話をしていると、あっという間に高校前のバス停に到着する。
湯道と一緒にバスを降りて校門を潜ると、朝練終わりの和水を見かけた。
「あ、なごみんだ、なごみーん!」
湯道が手を振りながら呼びかけると、それに気づいた和水がタオルで汗を拭きながら歩いてくる。
「おはよ。おや、新婚夫婦仲良く一緒にご登校って感じ?」
「もーなごみんったら〜」
「否定しろ。和水、俺たちはそういうのじゃない。たまたま一緒のバスになっただけだ」
「はいはい。分かってるから」
俺ははっきり否定してから先を歩き出す。
さて、どうしたものか。
湯道にイジられて俺の方からボロが出るのも時間の問題だ。
この1年間、陽キャとして生きてきた俺が、こんなところでオタバレするのだけは不味い。
気を引き締めていかないと……。
その後も寝不足の影響もありボロが出そうだったがなんとか1日をやり過ごした。
✳︎✳︎
「ただいま」
いつも以上の疲労感で帰宅した俺は、自分の部屋に入るとすぐに眠気を我慢できずベッドに潜った。
そういえばさっき、おゆまゆがトゥイッターで生配信するとか言ってたな。
湯道のやつ、さっきまで高校だったのに、ハードスケジュールすぎるだろ。
トゥイートを確認すると、どうやら昨日とは違う生配信専用の動画サイトで配信をするようだった。
「囁きASMRか……」
俺はその配信サイトのアプリをダウンロードしてイヤホンを挿す。
『お疲れさまー、ウチも帰ってきたよー』
おゆまゆは、囁き声で配信を開始する。
これ聞いてそのまま寝るか。
瞼が重たくなってきて、俺の意識は段々と遠退いていった。
——『正室幸也さんが入室しました』
『え——?』
✳︎✳︎
優雅な朝——こんなに爽やかな朝を送れているのだから、今日は昨日みたいにボロが出ることは無いだろう。
「……さ、さっちー?」
背後から聞こえてきたのは、おゆまゆの声。
「ん、おはよう湯道。今日はギリギリじゃないんだな?」
「…………」
「どうした?」
「……ちょっと来るし」
「お、おい、もうバス来る」
「いいからっ」
湯道に腕を引っ張られ、俺は開店前の電気屋の前に連れてこられる。
静閑とした店前で、金髪ギャルと2人きり……。
「こんなとこ連れてきて何の用だよ湯道」
「…………」
「まさか
「さっちーさ、昨日の配信来てたよね」
「え」
言われた瞬間、周りの音が聞こえなくなり、目の前がモノクロになる。
…………は?
「ウチがおゆまゆってこと、なんで判ったの?」
湯道に俺がおゆまゆの配信を聴いてたことが、バレた——?
何かしらのハッキング? バグ? 個人情報の漏洩?
原因は不明だが——俺が聴いていたことは、もうバレてしまった。
わざわざ隣の市の高校を選び、自分を過去を葬り去ったというのに……こんな転校3日目の転校生に暴かれて、終わるなんて。
焦りすぎてまともな思考が出来なくなった俺は、膝から崩れ落ちる。
「ちょ、ちょちょ、さっちー?」
「終わった……俺の人生」
「なんで身バレしたウチより、さっちーの方が落ち込んでんの!」
湯道は俺に手を貸してくれる。
「ウチは怒ってないよ。ただ、ちょっとビックリしちゃってさ」
「終わった……俺のファッション陽キャライフ」
「さっちー! 話を聞いてよ!」
「あぁぁぁ……」
「こ、こうなったら……ごめんさっちー!」
「ぶへぇっ」
湯道は容赦なく俺の頬に平手打ちを喰らわせる。
「目、覚めた?」
「ありがとうございます」
「感謝⁈ ちょ、さっちー⁈ 本格的に壊れちゃったの⁈」
「……どうせこの事をネタにして、俺をいじり倒すんだろ? 柚子乃とか和水にも陰で言って、俺を晒し者に」
「ウチそんなことしないし!」
「え……?」
俺は正気を取り戻し、湯道の顔を見る。
真っ直ぐなその瞳から熱いものが伝わってくる。
「さっちー、昨日は来てくれてあんがと!」
「……あり、がと?」
「うん! 身バレとか初めてでびっくりしたけど……ウチ嬉しかった!」
「キモく、ないのか……?」
「キモい? なんで?」
「なんでって……。同級生の男子がコソコソ自分の配信聞いてたらキモいと思うだろ?」
「こ、コソコソ? あはははぁっ! 本名で堂々と入ってきたのに⁈」
本名……?
「『正室幸也さんが入室しました』って通知来た時マジでビビったし! ドッキリかと思ったんだけど!」
……まさか。
俺はスマホで昨日入れたアプリを開く。
すると、確かに俺のアカウント名に俺の本名が入力されていた。
調べてみて判ったが、どうやら寝ぼけてゴーグルのアカウントの共有を許可してしまい、本名を使っているゴーグルアカウントの名前でアカウントが作られてしまったようだ。
「何やってんだよ俺ぇ」
「落ち込みタイムは終わった? さっちー」
湯道はゲラゲラ笑いながら俺の背中をぶっ叩く。
「そんじゃ、一つお願いがあるんだけど」
「同人活動のことか? それならみんなには黙っておくし、安心していいぞ」
「そうじゃなくて」
湯道は金色の髪を手で靡かせながら、口角を上げる。
「ウチの、パートナーになって?」
こうして俺たちの"利害関係"が始まったのだった。
絶対音感を持つ俺だけが隣の席のギャルが超人気声優だと知っている。 星野星野@2作品書籍化作業中! @seiyahoshino
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