第127話 矢の雨
アローレイン。
その名の通り、天に矢を放つと、その矢がホーンの力で複製、分裂され、矢の雨となって降り注ぐ武技だ。
その系統の最上級……、《ルゥの涙矢》……。
広範囲に矢の雨を降らせるそれは、俺のようなカンストステータスの聾の者でも、精神力の回復が無しでは五回程度が限界の、大変に消費が重い武技だった。
その代わりに、効果は覿面。
特に、属性付きなどの特殊な矢を放った時のシナジーは凄まじく……。
爆発矢を放ち、何もさせずに相手を爆殺する「涙爆」は、ver1.06で猛威を振るった……。
……まあこれも、のちに発見された完全不可視化魔法によるスタブ戦術、通称「ケツ掘りアサシン」に駆逐された古い戦術だ。
いやしかし、プレイヤー複数の乱戦の時にやられると、お祭り騒ぎ感が出て非常に面白かった記憶がある。嘘だ。面白くはない。本当に迷惑だから死んで欲しかった。いや、殺したんだが……。
そんなことを考えながら、防衛設備ごと表面の陸地が吹き飛んだ島を見る。
《ルゥの涙矢》
よし。
では、次。
右側に布陣している船を潰す。
潰した。
次。
《ルゥの涙矢》
左側を潰す。
潰した。
流石に、精神力がなくなったので、回復薬を飲む。
《女神の青血》
《ムーザランの創造主である『原初の女神』の血。
この青色の液体は、女神の静脈の血。青の血は心を鎮め、心を呼び戻す。
聾の者達はこれを、大音韻で休憩する度に、壊れた律、つまり女神の死骸から汲み取ることができる。
服用することで精神力を回復させる。》
うーん、甘みのある血の味。
回復薬くらい美味いものを飲ませて欲しいのだが、この企業はプレイヤーに不快感を与えられるポイントを見逃さない。非常に目敏く、プレイヤーの心身にダメージを与えるのだ。本当に死んでくれ。
まあなんにせよ、これで精神力は全回復。
このまま、島に入って、海賊とやらを掃討し……、ついでに逸れた野良犬を回収するか。
拷問とかされてるのかね?あまり興味はないが……、まあ、そこにあるなら拾わなきゃな。一応、部下ということになっているらしいし。
NPCが勝手なことをして死ぬのは良くあることなので、別行動をした時点で死んだものと考えていたのだが……、そう言えば手首を切り取られて届けられたんだったか?
俺はそう言ったものがいまいち分からないのだが、つまり、人質というものだろう。
ムーザランで攫われたNPCは手首ではなく首が届けられればまだ「良い方」で、「悪い方」だとナニカサレてしまった成れの果てのNPCをこの手で始末することになる。
「殺すこと」が、救いであり、最低限できる手向けになる設計になっているのがいつものムーザランだ。こういうのをなんと言うのだったか?実家のような安心感、親の顔より見た展開?笑えるな。実家も親の顔も、もう何も思い出せないのに。
で、手首を斬られた?苦痛が与えられた……と言うことか?
別に、手首くらい、斬られるのは当たり前では?戦っている時は手足などよく落ちたものだ。あいつらも、大怪我なんて何度もしたはず。脅しにはならないだろう。
いや、そうか。あいつらは、確か女だったか?であれば、強姦など、そういう陵辱をされているのかもしれん。
全く興味がないが……、別に、強姦されたくらい何でもないだろうに。男性器を無理矢理捩じ込まれるよりも、「体内に埋め込まれた蟲が孵化する」とか、「万力で頭を潰される」とか、「鼠の群れに寸刻みに喰われる」とかの方が不快で、痛い。
それにこの世界では、魂レベルで殺されることはどうやら無いようなので、蘇生不可能な死に方はしないようだしな。
どうせ、後で生き返らせてやるのだから、何度死んでも誤差のようなものだろう。どうせ死ぬから誤差だと、丸裸でボスエリアに突貫して偵察してから死ぬとか俺もよくやったものだ。「聾の者」の命はヘリウムより軽いからな。
そんな訳なので、人質というものの意味が、俺にはよく分からなかった。
だがとにかく、ララシャ様は回収してやれと仰せなので、ついでに回収してやろう。
「錨を下ろせ。上陸する」
「はい、旦那様。貴方達!上陸の準備をしなさい!船は、貴方達が命に替えても守るように!」
ヤコは、借金まみれの船乗り達にそう命じて、アカツキとセンジュ、スティーブンを連れて船を降りた。俺の側が一番安全ということらしい。
後こいつは、いつものように超高級な転移アイテムを持っており、ピンチの際は躊躇いなく使ってガン逃げするので、色々と心配は要らない。
その場合、センジュとスティーブンは多分死ぬが問題ない。
アカツキは……、まあ、身を守る力くらいはあるだろう。
では、問題がないことが分かったので、突貫する。
爆発で均された地面。
入り口が分からないという不具合が発生しているが、運営はクソなので直してくれない。自分でなんとかするしかないな。
よし、では、ルーン術発動。
———星は、古くより力のすだきとされたり。
———その力、解して放たば、いま一度すだき、凝り固まらむ。
《恒星の引力》
掲げた適当な杖から、青、紫、赤の入り混じった波動が迸る。
それは、周辺の石や瓦礫、死骸の破片を吸い取って杖の先の空間に集めて圧縮した。
俺はそれを、杖を横に振り、海の方へ飛ばして、撤去してやった。
するとそこに、大穴が一つ。
「ここか?」
穴を覗く。
人が二、三人は並んで歩けそうな広さ。高さも、人一人分と言ったところか。
洞窟……、いや、坑道?
……掘った跡があるから、自然にできた訳ではない。じゃあやはり坑道だな。
そして内部からは、微弱だが風。出口は他にもあるようだ。
風には、人の汗、血、焼けた畜肉、金属などの匂いが乗っている。人がいるな。
それと、嗅ぎ慣れた血の匂い。パーティメンバーを名乗る囮共の血液の匂いだ。
囮共を攫ったのは、海賊。
囮共の匂いがする坑道には、海賊が隠れている。
一分の隙もない理論だ。
つまり……、当たりだな。
行こう。
俺は剣を抜き、松明を片手に道を進んでいった……。
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