第114話 爛れの血涙

『爛れ谷』……。


ムーザラン西方に位置する巨大な谷であり、その底からは溶岩が湧き出している灼熱の地だ。


だがそんな土地でも、全てが滅びゆくムーザランの一部であるからして、当然のように荒涼としていた……。


元々は溶岩などなく、それどころか緑豊かな山があったらしいが……、全ては溶岩に沈んだそうだ。


その、溶岩が沸いた原因。


それこそが、神王の血族にして暁の君主、レストバーンだ。


いと高き。


暁山の、太陽の国。


いと貴き。


神王の弟、陽光纏う光の君主。


『律』が崩れ落ちる時、君主レストバーンの娘「アレシア」は、国を恨む逆賊の手によって、千々に引き裂かれ殺された。


その様を目の前で見ていたレストバーンは狂い果て……、我が手で国を滅ぼしたのだ。


暁山を爛れ谷に変えたのは、レストバーンが流した怒りの涙。太陽の涙は、冷めぬ溶岩。


燃え、朽ち、沈んだ己の国の玉座で。


レストバーンは今日も、千々に裂かれた娘の残骸を集め、己が造りし「鋼の器」に詰めている……。


一度、レストバーンの前に立てば、レストバーンは怒り狂うのだ。


———「溶かせ、溶かせ、我が娘の為に」


———「おお……、貴公。また、我から奪うのか?我の、我の、最愛の子を……」


———「おお、おお……。赦せる事ではない……。アレシアよ、おお、アレシアよ……」




……誤解のないように言っておくが、狂っているからと言って弱体化してるとかそんなことは一切ないです。




さて……。


ララシャ様のお食事の時間になってしまった。


もう、相手の動きを見て対処する段階ではない。


こちらから攻め込んで、何かをする前に「分からん殺し」をして終わらせる。


その為の、『儀式』。


武技でも、ルーン術でも、歌唱術でもない。


全てを組み合わせた、『儀式』だ……。


俺は足元にルーンを刻み、レストバーンの唄を歌い、特別なアイテムを揃える。


「RuRu———rA———!zi—REST—BURN———!GiaMUnd———、ZiNaGarDe———、url—juls—wast———、TukUStra———!!!」


さあ、始まるぞ。


『神話』の力。


直接的な神の力、『権能』の行使。


『変調』の大ホーン、大いなる『律』のその一片。


地面に突き刺した、レストバーンの『鋼の器』……、娘を甦らせるために作った、大型の壺のようなものから……。


レストバーンの涙が、決して冷えぬ溶岩が、沸々と湧き出し、世界そのものを書き換え始めた……!




『な、んだ?それは……?!』


隙が多過ぎてムーザランの対人戦ではクソ技でしかない『儀式』も、この世界では違う。


対エネミー戦と思えば、寧ろ『儀式』は強力だからな。


……『儀式』とは、ムーザランにおけるありとあらゆる術の秘奥。全ての術師の追い求める深淵、最終的な目的の、一部再現。


『原初の女神アニムス』の、『世界創造』……。


つまり、『儀式』とは、極小の世界を創り出す、御業である。


さあ、変わってゆくぞ。


レストバーンの溶岩こと、『爛れの血涙』に。


世界そのものを書き換えて、侵食し、焼き尽くす……!


『な、何か分からんが……、これ以上やらせん!死ぬがいいっ!!!』


脚による踏み潰し。肉の塊が降ってくる。


「……触れたな?レストバーンの血涙に」


レストバーン。


最愛の娘を喪った君主は、砕かれた『律』の欠片である、大ホーンを奪った。


その大ホーンの名を、『変調』。


これにより、娘の「残り滓」を器に入れて固めて、「娘に変化させようと」していたのだ。


もちろん、失った生命の再創造なんてことは、神にも許されぬこと。


死という安寧を奪われているだけの我々「聾の者」とは違い、完全に死んだ神族の復活なんて、滅びゆくムーザランではまず無理、不可能。


お察しの通りに失敗して、「娘モドキ」みたいなものを生み出しては、それが娘と認められずに潰す……と言った不毛な行為をレストバーンは繰り返していた。


具体的に?


……溶岩と女の上半身をぐちゃぐちゃにかき混ぜたスライムみたいな?その「失敗作」が爛れ谷の雑魚エネミーとして普通に湧いてる感じ。


まあ、なんだ。


つまりは……。


『う、おおおおおおお?!?!!?!な、なんだ、これはあああああっ?!???!!』


レストバーンの血涙に触れたならば、溶かされて、別のモノに変化させられる。


「その殺戮要塞とやら……。移動要塞スピリットのフレームを、骨格として使っているな?斬った感覚ですぐ分かった」


『ぐ、おおおおっ?!ば、馬鹿な!内部のフレームが溶けている?!肉だけでは、自重を支えられん!』


血涙に触れたところから、巨大な殺戮要塞がドロドロの粘液に変わってゆく。


下手に、質量も表面積も大きいから、変調の力は恐ろしいほどのハイスピードでその肉体を覆っていった。


それだけでなく、鉄をも溶かす血涙の熱量は、同時に大きなダメージをもばら撒いている。


『クソオオオオオ!!!!喰らえええええ!!!!』


光の剣、超巨大レーザーを叩きつけてくるが……。


「神の権能だぞ?物理界の力が及ぶ訳ないだろ」


レーザーの光ごと、血涙に飲まれた。


『は……?ど、どういうことだ!光が……、溶岩に変わっていく?!???!!あ、有り得ないッ!!!!』


そうですね。


でも、現にそうなっているので、そういうモノだと理解した方が早いと思うんだが。ひょっとして頭脳がまぬけか?


俺は血涙にホーンを流し込み、動かして、雨のように降らせた。


ソドムとゴモラ、硫黄の雨、と言ったところか?


……そんな可愛らしいものではないが。自分でやっておきながらなんだが、現実改変の雨とは恐れ入る。


『う、ああ、あああ……!!!』


やがて、殺戮要塞を名乗る肉の塊は……、レストバーンのよく造る『娘の失敗作』と同じように。


溶岩と肉が混じった、スライム状のゴミに成り果てた……。

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