第96話 1544/05/11『サンドランド王殺人事件』

勇者のお披露目をするパーティーは、無事、大失敗に終わり、サーライア王国の名声はしっかりと地に落ちた。


今頃、勇者パーティの交渉役であるクララは、勇者達が伝えた奥ゆかしいチキュー文化である「土下座行脚」の真っ最中であり、サーライアの王侯貴族もまた、各国への謝罪と賠償で忙しなく走り回っていることだろう。


それは、まあ、そうだ。


「他国の王をパーティー会場で刺殺」は、どう考えても歴史書に残るレベルの大事件である故に。世が世なら、これをきっかけに世界大戦が起きてもおかしくはない。


だが、意外なことに、この件については以下の三つの理由から棚上げとなった。


一つ。


勇者の気が狂っていることは、あらかじめ各国に周知されていたこと。


「勇者召喚の儀」の失敗は既に各国に知れ渡っており、パーティーの前には、今回の勇者召喚によって現れた勇者エドワードは完全なる「イレギュラー」である、と。


そう、各国に通達があらかじめされており……。


また、パーティー前に、各国の要人のみで行われた、対魔王戦についての会談の場面で、そのことについて再度説明があった。


サンドランドの王もこのことは聞いていたはずで、勇者に対して喧嘩を売るのは厳禁だ、と。奴は今までの温厚なニホンジン勇者ではないぞ、と……。


再三に渡る警告を無視した方にも非があるのではないか、と言う論調である。


二つ。


そもそも、今回に殺された英雄達と、サンドランドの王は、「蘇生」されたこと。


この世界においては、蘇生の魔法は、回復系統の魔法の最高位で、現在では「元聖女」である「女教皇」しか使える者がいないという高度な術だったのだが……。


現勇者パーティの神官であるクララと、エルフのナンシェが、とあるアイテムをサーライア王家に提出したことにより、蘇生は成ったのだった。


それは、かつて、「水の都スワンケルド」のダンジョン攻略の前に、エドワードがクララ達に渡した、回復アイテム……。


『女神の純血』というものによって、である。


この『女神の純血』は、ムーザラン、つまりは神代の、しかもその創造主レベルの女神の生き血だった。


これは、神が地上から去って久しいこのファンタジアスという世界においては、超高濃度な神秘結晶であり、ほんの一滴に触れるだけで、この世界では死人が複数蘇るという代物だったのだ。


よって、サーライア王家御用達の薬師達が、この『女神の純血』を使って「蘇生薬」を作り出し、これを、今回の死者に使用。


それによって、蘇生することができたのだ。


死者が出る騒ぎとはいえ、死者が蘇ったのだから、まだマシだと言う話である。


そして、三つ。


これが一番重要なのだが……。


「この大陸の最高戦力である先代勇者パーティを揃えて、一分保たなかった」と言うことである。


つまり?


この大陸に、勇者エドワードを倒しうる存在は、いないということになる……。


物理的に、罰せないのだ。


強過ぎるために……。


また、これは余談だが、サンドランドの王族の悪名も、理由の一つであったのかもしれない。


現サンドランド王家は、王座を奸計により簒奪した者達であるという噂は、サーライア王国の多くの人々が聞いていた。


それこそ、辺境の開拓地「ルーカスター」から来たような、田舎貴族の娘ですら知っているほどに。


先代勇者の遺産を食い潰し、王座を奪い、正統後継者を捕らえようとして失敗した……。


もちろん、サンドランドはそれを全力で隠蔽したため、「噂は噂に過ぎない」と、「簒奪など事実無根、正統な手続きの上で王座を得た」とは、表向きにはなっていた。


数多くの勇者達の手によってある程度の近代化は成されていたとは言え、それでも中近世の世界であるここでは、警察や軍隊との分権だの厳密な捜査だのはできない為、権力者が隠蔽をすれば証拠などいくらでも揉み消せてしまうのだ。


それが今回、サンドランドの王が直々に、正統後継者たるアニス……アニエスティア王女の誘拐を、外交の場であるパーティー会場で試みた!


……非常に大きな醜聞だった。


更にもう一つ、付け加えるとするならば。


サンドランドの王が、あまりにも「愚かすぎた」ということか。


貴族が、外交の場であるパーティー会場で、他人の従者を寄越せと騒ぎ立てる。


これは、血に誇りを持つ貴種達にとって、下品な真似だった。


そもそも、勇者エドワードは、パーティメンバーに頓着していない。


アニスを攫いたいならば、後でこっそりやれば、可能性はあったはずなのだ。


それなのに、王本人が、めでたいパーティの場であの言動……。


……「無能」と、評価せざるを得ない。


あんな愚物が、今後の政治外交の場に出てくるとなると、むしろここで死んでもらった方がありがたかったと、口には出さないが、パーティ会場に集まった貴族達は思っていた……。




そのような、諸々の都合と理由で、今回の大事件は一時的に棚上げとされた。


もちろん、件の、サンドランドの王はこの棚上げに反対しようとはしたが……。


流石に、「なんかいきなり殺してくる奴」を前にして、正面から文句は言えなかった。


馬鹿は死ぬまで治らない、というような言葉はあるが、サンドランド王くらいの馬鹿は、どうやら死ねば少しはマシになる程度だったと言うことらしい。


馬鹿を貫くにも根性が要るという話だろう。


ただ、サンドランド王にも、アニエスティア王女を手に入れて、移動要塞の管理者権限を手に入れる他にも「何か」があるらしく、殺されたこと以上に動揺して、本来王がやるべき手続きやら何やらを全て放棄して帰国した。理由のある愚かさだったということらしい。


その後、自らの隠密組織……子飼いの暗殺者などを動員して、アニスのみを狙って誘拐させようと、やっと「貴族の正攻法」をやろうとして……。




……死んだ。




何故か?


「エドっ!大変だよ!サンドランドで……、『移動要塞スピリット』が暴走してる!」


と。


そういうことだった。

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